嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2018/10/27 [17:14:28] (Sat)
ちょっと変なことがあったんだ。
変っていうか……。
こないだの、真っ赤な夕焼けの時さ。
お使いの帰りに熱出したきり丸を拾って、学園に帰ってる時だったか。
そりゃ鮮やかな赤で、山も田んぼもあぜ道も真っ赤に染まって、目がおかしくなったんじゃないかってくらいのものすごい夕焼けだった。
背中にきり丸がいなけりゃ、思わず立ち止まってたと思う。見惚れるような、めったに見ない色だった。
けど実際には後輩が背中でウンウン唸ってるし、折り悪く天気雨なんかが降ってくるし。
野宿するよか、少し無理してでも早く学園についてきり丸を寝かせてやりたいって思ってたんだ。
だからつい舌打ちして、とにかく雨をしのげるところに急ごうってきり丸を背負い直した。
それで前を見たら、人が居た。
いやびっくりしたぜ。
気配に気づかなかったんだ。思わず叫ぶとこだった。
夕日を背負ってたんでよく見えなかったけど、大人だと思う。たぶん男だな。
その人は、やたらと影が……。ああ、そうだ。思えばーーその人はやたらと影が濃かった気がするんだ。
逆光だったとはいえあんなに近くにいたのに、あの人は墨でも塗りたくったみたいに真っ黒だった。
着物も、顔も、濃い影に覆われて、形しかわからなくてさ。
そん時は単に逆光のせいだと思ってたんで、ぼくは眩しい時みたいに自然と目を細めて、さっさと通り過ぎようとしてた。いや、ちゃんと一言挨拶はするつもりだったけどな。
熱出してるやつを濡らすなんて事したら、保健委員の左近にぶん殴られる。早く屋根のあるところに行きたかったんだ。
そうしたらその人はかぶってた笠をひょいって取って、おれの頭にかぶせてきた。
笠はそりゃあいいものだったよ。
背中のきり丸が濡れないくらい大きかったし、編み目が細かくて、なんと油まで塗ってあった!売り物にできるレベルだ。
びっくりして咄嗟に構えたけど、あの人はあごの下のヒモもきちんと、慣れた手つきで結んでくれてさ。
子持ち……つーか、子供の世話に慣れてる風だったなあ。
「えっ、ちょ、いいですよ!こんな!」
とかなんとかおれが言ってるうちにヒモをさっさと結び終えて、笠の上から頭をたたかれた。
いやいや悪い、優しくだよ。ぽんぽんってさ、男にしちゃ随分と優しい手つきだったと思う。親父も先輩ももっとこう、グワシッ!ワッシャワッシャ!て感じだろ?
ああーーそれほど近くにいたのに、その男……の姿は、やっぱりよく分からなかった。
くっきり濃い影にのまれて、ただ焦げ臭いような臭いがするだけだった。火事の時みてえな、色々なものが燃えたようなあの臭い。
そおっと、て感じできり丸を覗き込んでる空気がいかにも心配そうだったし、悪い人じゃないんだなってのは思った。自分の笠までくれたしな。
礼を言おうと思って顔をあげたんだ。
笠が大きいから、思いきり顔をあげないと大人の顔は見えない。きり丸を背負ってたからちょいとキツかったけど、礼はきちんと言わないとだろ。
「ありがとうございま……え?」
そこにはもう、誰もいなかった。
そこは山と山の間の盆地で、周りは田んぼや畑だ。遠くに百姓さんの家が一軒二軒見えるくらいの、だだっ広い平地。
隠れるところなんてないし、道に伸びる影はおれのだけだ。
きり丸を背負ってでっかい笠をかぶった、ちょっと変な形をしたおれの影、ひとつきり。
遠くでカラスが鳴いてて、足元の草が風になびいてさやさやと音を立てて、背中からは苦しげな息がしてて。
でもそれ以外何の音もしなかった。
誰かが走り去る音もしない。
真っ赤に照らされた草木の中、動くものがいれば濃い影ですぐにわかったハズだけど……それもなかった。
ほんとに、おれたち以外、そこには何もいなかったんだ。
さすがに呆然としちまったけど……かぶった笠にバタバタッと雨が当たる音がして、はっと我に返った。
雨が本降りになったらいかにもマズい。左近の怒った顔が浮かんで、現実に頭が戻ってきた。
気温が下がったせいか、なんだかきり丸の体がいよいよ熱くなってきたような気もして、急いで帰ってきたさ。
いや、おれは左近に怒られるのがその、嫌だっただけで、別に……。
まあ……いっつも小憎たらしいアイツがしんどそうなの見て、ちょっと慌てちゃってたかもしれねえけど、ちょっとだからな。ほんのちょっぴりだからな。うん。
そういや、後から気づいたんだけどーーあの人……人?
ん、いやなあ、着物の柄もわからないくらい影が濃かったのに、こう。
……地面に伸びる影はなかったな、って。
なんで親切にしてくれたのかわからないけど……この世のものじゃなかったのかも、なあ。
後輩のコメント
きり丸:
あー、あん時ですか?なんかなー、熱出てたんで辛かったんすけど、昔の夢見てたんで、そんなにしんどくはなかったっていうか……
あ、あの笠?いやーあれ使い心地よくって、先輩に譲ってもらったんすよ。
ちゃんと燻して虫除けしてあるみたいだし、その、なんつーか……笑わないでくださいよ。
昔、父ちゃんが使ってた笠に似てて……えっなんすかその顔、やめてくださいよ!ちょっと!
これは売れませんけど、作り方はぼんやり覚えてるんで注文なら受け付けてまっせ〜?
いかがでっかお客さん!ちなみにぃ〜、大口注文だとなんと今なら草鞋一足プレゼント!さあ買った買ったぁ!
ちょっと変なことがあったんだ。
変っていうか……。
こないだの、真っ赤な夕焼けの時さ。
お使いの帰りに熱出したきり丸を拾って、学園に帰ってる時だったか。
そりゃ鮮やかな赤で、山も田んぼもあぜ道も真っ赤に染まって、目がおかしくなったんじゃないかってくらいのものすごい夕焼けだった。
背中にきり丸がいなけりゃ、思わず立ち止まってたと思う。見惚れるような、めったに見ない色だった。
けど実際には後輩が背中でウンウン唸ってるし、折り悪く天気雨なんかが降ってくるし。
野宿するよか、少し無理してでも早く学園についてきり丸を寝かせてやりたいって思ってたんだ。
だからつい舌打ちして、とにかく雨をしのげるところに急ごうってきり丸を背負い直した。
それで前を見たら、人が居た。
いやびっくりしたぜ。
気配に気づかなかったんだ。思わず叫ぶとこだった。
夕日を背負ってたんでよく見えなかったけど、大人だと思う。たぶん男だな。
その人は、やたらと影が……。ああ、そうだ。思えばーーその人はやたらと影が濃かった気がするんだ。
逆光だったとはいえあんなに近くにいたのに、あの人は墨でも塗りたくったみたいに真っ黒だった。
着物も、顔も、濃い影に覆われて、形しかわからなくてさ。
そん時は単に逆光のせいだと思ってたんで、ぼくは眩しい時みたいに自然と目を細めて、さっさと通り過ぎようとしてた。いや、ちゃんと一言挨拶はするつもりだったけどな。
熱出してるやつを濡らすなんて事したら、保健委員の左近にぶん殴られる。早く屋根のあるところに行きたかったんだ。
そうしたらその人はかぶってた笠をひょいって取って、おれの頭にかぶせてきた。
笠はそりゃあいいものだったよ。
背中のきり丸が濡れないくらい大きかったし、編み目が細かくて、なんと油まで塗ってあった!売り物にできるレベルだ。
びっくりして咄嗟に構えたけど、あの人はあごの下のヒモもきちんと、慣れた手つきで結んでくれてさ。
子持ち……つーか、子供の世話に慣れてる風だったなあ。
「えっ、ちょ、いいですよ!こんな!」
とかなんとかおれが言ってるうちにヒモをさっさと結び終えて、笠の上から頭をたたかれた。
いやいや悪い、優しくだよ。ぽんぽんってさ、男にしちゃ随分と優しい手つきだったと思う。親父も先輩ももっとこう、グワシッ!ワッシャワッシャ!て感じだろ?
ああーーそれほど近くにいたのに、その男……の姿は、やっぱりよく分からなかった。
くっきり濃い影にのまれて、ただ焦げ臭いような臭いがするだけだった。火事の時みてえな、色々なものが燃えたようなあの臭い。
そおっと、て感じできり丸を覗き込んでる空気がいかにも心配そうだったし、悪い人じゃないんだなってのは思った。自分の笠までくれたしな。
礼を言おうと思って顔をあげたんだ。
笠が大きいから、思いきり顔をあげないと大人の顔は見えない。きり丸を背負ってたからちょいとキツかったけど、礼はきちんと言わないとだろ。
「ありがとうございま……え?」
そこにはもう、誰もいなかった。
そこは山と山の間の盆地で、周りは田んぼや畑だ。遠くに百姓さんの家が一軒二軒見えるくらいの、だだっ広い平地。
隠れるところなんてないし、道に伸びる影はおれのだけだ。
きり丸を背負ってでっかい笠をかぶった、ちょっと変な形をしたおれの影、ひとつきり。
遠くでカラスが鳴いてて、足元の草が風になびいてさやさやと音を立てて、背中からは苦しげな息がしてて。
でもそれ以外何の音もしなかった。
誰かが走り去る音もしない。
真っ赤に照らされた草木の中、動くものがいれば濃い影ですぐにわかったハズだけど……それもなかった。
ほんとに、おれたち以外、そこには何もいなかったんだ。
さすがに呆然としちまったけど……かぶった笠にバタバタッと雨が当たる音がして、はっと我に返った。
雨が本降りになったらいかにもマズい。左近の怒った顔が浮かんで、現実に頭が戻ってきた。
気温が下がったせいか、なんだかきり丸の体がいよいよ熱くなってきたような気もして、急いで帰ってきたさ。
いや、おれは左近に怒られるのがその、嫌だっただけで、別に……。
まあ……いっつも小憎たらしいアイツがしんどそうなの見て、ちょっと慌てちゃってたかもしれねえけど、ちょっとだからな。ほんのちょっぴりだからな。うん。
そういや、後から気づいたんだけどーーあの人……人?
ん、いやなあ、着物の柄もわからないくらい影が濃かったのに、こう。
……地面に伸びる影はなかったな、って。
なんで親切にしてくれたのかわからないけど……この世のものじゃなかったのかも、なあ。
後輩のコメント
きり丸:
あー、あん時ですか?なんかなー、熱出てたんで辛かったんすけど、昔の夢見てたんで、そんなにしんどくはなかったっていうか……
あ、あの笠?いやーあれ使い心地よくって、先輩に譲ってもらったんすよ。
ちゃんと燻して虫除けしてあるみたいだし、その、なんつーか……笑わないでくださいよ。
昔、父ちゃんが使ってた笠に似てて……えっなんすかその顔、やめてくださいよ!ちょっと!
これは売れませんけど、作り方はぼんやり覚えてるんで注文なら受け付けてまっせ〜?
いかがでっかお客さん!ちなみにぃ〜、大口注文だとなんと今なら草鞋一足プレゼント!さあ買った買ったぁ!
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