「ほぇ?なになにー?タレ柿ようかん?」
「ようかんがどうしたの~?おやつ?」
一年生三人の気が抜けまくる会話に頭痛を覚えて、富松作兵衛はこめかみを押さえた。しんベエが絡むと9割の確率で食べ物の話になる。脱線しまくっていく彼らの会話を元に戻すのは至難の業。
しかしこちらが苦労しているというのに、会話が脱線していても何故か最後は上手くおさまっているのだから、脱力加減も半端ない。
しかしだからといって、放っておいても大丈夫だとはとても思えない、それが一年生。
(俺たちが一年の時って、こんなだったかな……?)
富松の悩みは尽きない。
「平太ぁ~」
「あれぇ?伏木蔵じゃない。どうしたの~?」
鶴町伏木蔵、保健委員の一年生だ。担任の斜堂影麿から伝染ったのか、伏木蔵といい、平太といい、一年ろ組の生徒は顔にほの暗い陰がある。生まれ育ちに関わらず陰があるので、クラスの特色というやつなのだろう。
特色というには若干微妙だが、驚くべき事に忍術学園総括で見ればそうそう変わった事でもなかったりする。
もっと濃く、もっと特殊な性癖をしている生徒は多々居るのだ。
「あのね、用具委員に水桶の修理を頼んでたらしいんだけど~」
「そうなんだ~。とまつせんぱ~い」
一年ろ組が集まると、何か……日の光が陰る気がする。いやまじで。
そう思いながら、富松は土を運んでいた手を休めて「おう」と返事をした。
「たぶん、今食満先輩が直してるのがそうだと思う。もうちょっと待てるか」
「はい~」
「喜三太、ナメクジと遊ぶな!今日中に終わらねえぞ」
「はぁーい。そろそろナメさんのお散歩の時間なのにぃ」
「ぼく、おなかすいてきたー」
「しんベエっておなかすくの早いねぇ」
一年生三人と三年生一人の本日の委員会活動は、落とし穴を埋めることであるようだった。どこかの穴掘り小僧が作成したソレは力作であったらしく、広範囲にわたって連動するような仕掛けになっている、えげつないシロモノだ。
からくりが使ってある事から平太は作法委員会に所属するは組の生徒を思い浮かべたが、喜三太としんベエはすごいねえ大きいねえと繰り返すばかりで心当たりは全くないようだった。
「これ、だれか落ちたんですかぁ?保健委員が落ちたって話はきいてませんしぃ」
伏木蔵が今日は珍しくらっきーでした~と呟いて首を傾げる。
「ああ、それは……」
「今回は会計委員が犠牲になったようだぞ。保健室にいってないのか?」
「「「「六年は組の、用具委員長を務める、食満留三郎せんぱい!」」」」
一年生四人の声が見事に唱和した。
突然、所属含めフルネームを叫ばれた食満は面食らったように顔をのけぞらせた。普段は鋭い目つきをしている彼だが、委員会の下級生に怯えられたりちびられたりしたため、近頃表情の練習をしているらしい。
変姿の術の練習かと思いきや下級生の為とは、とい組の連中にからかわれる原因になっているが、本人は結構真面目にやっているようである。流石にいつまでも怯えられては多忙を極める委員会活動に支障が出るから、とは本人の談だが、同室の保健委員長は肩をすくめて笑うのが常だ。
荒っぽい連中やらマイペースな連中やらのおかげで修繕活動に多忙な彼は、本日は片手には桶を二つと、道具箱を抱えていた。
「?なんだ?今のすごく説明的なセリフは……」
「気にしないでくださ~い。それより、会計委員会が落ちたってほんとですかあ?」
「ああ、なんでも眠気覚ましに鍛錬してたら落ちたらしい。文次郎は自業自得だが、巻き込まれた下級生は気の毒だな」
伏木蔵は、総出で保健室を訪れた会計委員を思い浮かべた。
「みんな、顔が潮江せんぱいみたいになってましたぁ~」
「ええっ!みんな潮江せんぱいみたいな顔になっちゃったの!」
「確か、会計委員は団蔵だっけぇ?」
「団蔵、潮江せんぱいの顔になっちゃったの~?うわぁ~」
「団蔵が大変だ!ねえしんベエどうしよう、団蔵の顔が戻らなかったら!」
「たったいへんだよ!は組のみんなに知らせなくちゃ!」
しんベエと喜三太の頭の中に、文次郎の顔になってしまった団蔵が不治の病よろしく寝込んでいる図が展開される。
同時に作兵衛の頭の中では、同級の決断力バカ、神崎左門が目の下にべっとりと隈を作った、「正しい想像」が繰り広げられていた。左門がここ数日、部屋に戻るのが遅い事も知っている。流石に授業中居眠りする事はない――ようだが。
(もしかしたらあいつ、目開けたまま寝てんのかな)
用具委員まだ続く!