鉢屋三郎
目を開けても真っ暗だった。
一瞬、自分がきちんと目を開けたかどうか自信がなくなるくらい真っ暗だった。
すぐに、どこかに閉じ込められているのだとわかった。
少しばかり焦りながら直前の記憶を思い出そうとしたんだが、八左の手伝いで虫集めをしてた事しか思い出せなくてな。落とし穴に落ちたとかどこぞの忍とかちあったとか、閉じ込められるような事態に繋がりそうな記憶はさっぱりだ。
だが拘束はされていなかったし、暗器もそのまま、体に痛みもない。
プロの犯行なら拘束や武器類が手つかずというのはあまり考えられん。だが落とし穴とか、罠にしては掛った覚えがないし体にすり傷ひとつないというのはおかしい。
何とも不自然な状況だった。
そこで私は背後の八左を叩き起こした。
「うごフッ!」
「起きたか?私だ。わかるか?」
「てめぇ……何しやがる……鳩尾入ったぞこんにゃろう……」
「ここで問題だ、我らが豆腐小僧の今日の昼飯は何だった?」
「……あー、A定食……あいつ今週冷奴のおかわり何回したっけ」
「15回」
おい、怒るな兵助。
何も見えない場所で、互いの声だけで自分が自分だと証明するには、聞き耳立てられても問題ないような情報の確認が必要なんだよ。
ん?なぜ失神してた男が八左だって気付いたのかって?
私を舐めるなよ兵助。
私はな、千の顔を持つと言われる変装名人、鉢屋三郎だぞ。五年も同クラスの人間の髪の感触なんて本人よりも知り尽くしているさ。
キモいだと?カメムシの見分けがつくお前の方がキモいわこの虫野郎!お前なんぞタカ丸さんに髪全部毟られてしまえ!
フン。
――そこは立ち上がれない程天井が低く、広さは私と八左と、あともう一人でも誰かがいたらろくに身動きできなかっただろうというくらいでな。周囲を触ってみる限りでは……そう、弾力のある岩という感じだったな。本物の岩みたいに硬いというわけではないんだが、苦無では刃が立たん。
隙間は全くなく、でこぼこしていて、妙に温かい。
「八左、お前何か覚えていないのか」
「虫捕りカゴをカラスにとられて、追っかけて木の上に登った」
「そこまでは私も覚えている」
「そこから先がなぁ。なんかでかい……なんか見つけたような?覚えてねえや」
「ちっ、この役立たずめ」
「ひどくね!?三郎だってなんも覚えてねーんじゃんか」
それから暫く無言で周囲を探っていたんだが、八左が突然妙な事を言い出した。
「なんか、生臭ぇな」
「お前の足の臭いじゃなくてか」
「ちっげえよ!今日はカメムシ踏んでねえっての!」
「お前、あんまり近付くなよ。私に匂いを移すな」
「だから違うって!なんか、上の方から………………なんだありゃ」
真っ暗闇だから当然何も見える筈はない。ないのだが、天井に何か、青白く光る液体が滲んでいた。
なんとも不気味な光だったな。
「……何だあれ」
「……私に聞くな」
八左が持っていた苦無で突いてみたが、それは液体というより粘液だった。
余計に気味悪くなって、その粘液が垂れた場所から退避したが、何分狭い場所だ。壁に背を押しつける格好で座るしか方法はなかった。
「こう、変なもんが浸み出してくるってことはさ、ここは掘りやすいんじゃねぇかな」
「莫迦かお前は。いいか、私たちがここに二人して居るってことはだ、人一人は通れる安定した穴がどっかにあるってことなんだよ。そっちを探せそっちを。」
「でもよぉ、生き埋めにされてたら、真上を掘るのが一番効率いいだろ」
「生き埋めの確率は低い。ハチ、気付いてるか?これだけ狭い場所で、一体何刻経っていると思う。空気穴がどっかになきゃ、私たちは今頃死んでるんだぞ」
そうだな、幻術という線も疑わないではなかったが、私たちは冷静だったし体調も万全だった。そういう状況では幻術はかかりにくい。頭も正常に回っていたし、状況が不自然ということさえ除けば全くいつも通り、通常運転だったんだ。
――あー、ハチはバ……七松先輩系統だからな。本能と感覚で動く。私はな、お前と違って頭を使うんだよ。
私たちには獣と違って頭がある。
それを使わんのは阿呆というものさ。
だが、バ……八左の言うことにも一理あった。可能性は低いが、やってみても損はない。
だがな……青白くぼうっと光るワケのわからん粘液とか、触りたくないだろ?どっちがやるかでもめて、結局発案者ってことで八左がやった。
竹谷八左エ門
おいてめぇ三郎ゴルァ、今俺の事バカって言いかけただろ。
え?俺が話すの?
あー、あのヨダレみてえな光る汁か。そうそう、浸み出してるところに苦無突き刺したら、思ったよりやわっこくてグッサリいったんだ。
こりゃ行けるかもって思って何度も突き刺したんだが、光るヨダレもドンドコ出てきて、服がビショビショっつか、デロデロよ。俺多分全身光ってたと思うな。
三郎てめぇ、「うわ……エンガチョ……」とかどん引きしやがって。ムカついたからそのカッコのまま追いつめてやったら本気で殴りやがった……忘れねぇぞこの野郎!今度青虫ソテー食わしちゃる!
いや、まぁな?その光るヨダレ、肌がピリピリしてきてたんで、ちょっと早まったかとは思ったけどな?
やっちまったもんはしょうがねぇ、さっさと出て川にでも飛びこむかって思ってザックザック掘ってた。まあとりあえずまっすぐ立てるくらいまではあっさり掘れたんだ。
そん時は足元も光るヨダレでグショグショで、三郎はほとんど壁に張り付いて避けてたけど、足袋とか服の一部は光ってたな。うはは、あん時の三郎のカッコ超笑える。こーんな格好してたんだぜゴヘッ!?てめぇ三郎なにしやがる!
ゴホン。
問題は、そっからだ。
光るヨダレで水溜まりができてた足元から、にょきにょき人の頭が生えてきたんだよ。光るヨダレに塗れてたもんだから、顔がよく見えたなあ。全裸の美人だった。
お前ら想像してみろよ。
全裸で、青白く光る汁にまみれてる、たおやかな美女だ。エロくね?
いってぇ、なんだよ三郎!じゃあお前はアレにピクリともしなかったのか!?それ男としておかしいぞ!アレは確かにエロかった!
仕方ないじゃない俺たち男の子だもの!
……まあそうだけどさ。すっげえ色っぽかったけど、色っぽい美女があんな状況で生えてきたもんだから、すっげえ怖かった。
しかもそいつ、急に目をガッて開いたんだけど……なんつーか、目ん玉……が、なかった。
目ん玉じゃない、なんかナメクジみたいな……ザラッっていうか、ヌメッとしたもんが詰まってたんだよ。
っものすげえ怖かったんだって!もう総毛立っちまってさ。
あれ思い出すと今でも鳥肌立つわ。
「うわぁっ」
三郎が驚いた声上げたんで何かと思ったら、壁中に女の顔が浮かび上がってた。
そいつらの女の目も、同じだった。
その顔が一斉に笑いだしたんだ。
甲高い声やら金切り声の中に、ケタケタカタカタって骨か歯を鳴らすような笑い声もあって、俺この年になって小便ちびるかと思った。
笑い事じゃねえよ!マジで怖かったんだって!
狭い場所だから、俺も三郎もほとんど耳元で女の大合唱聞いてたんだぜ!?
おまけにド真ん中には化けもんの女が生えてるし。
そうそう、その女が三郎に掴みかかって大変だったよな。
なんか動きからして、光るヨダレを三郎にもぶっ掛けたかったみたいなんだ。二人でなんとか縛り上げたけど、骨がないみたいな気味悪い感触だったなあ。本当、人間じゃねえよ。
したら女がものすごく悔しそうに唸って、あっと思ったら俺たちは地面に投げ出されてた。
途端に全身焼かれるみたいな激痛があって、気が遠くなった。
次に起こされた時は医務室で、全身が包帯でぐるぐる巻きになっててびびった。
先生にも雷蔵にも兵助にも怒られたし、あんちくしょう勘ちゃんめ、後輩まで引き連れてきやがってまじ癒されましたありがとうございました。
同輩のコメント
久々知:
マジびびったはこっちの台詞だ。
木の上から落ちてきたと思ったら突然喚きながら地面のた打ち回って、ようやく取り押さえたら体中焼け爛れて、拷問でも受けたのかって言うような有様。
とくにハチが酷かった。本当に、全身くまなく焼けてた。
三郎も、変装用の皮が焼け焦げて顔の皮膚とくっついていた。
これは助かるかどうか、助かったとしても忍としてはもう――と、下級生でも分かった。
――なのに医務室で包帯が取れた後は古傷も消え去った驚くべき卵肌とはどういうことなのだ!
雷蔵も勘ちゃんもすごく心配していたんだぞ。後輩なんか泣いてたっていうのに――あ、いや俺たちは泣いてないのだ。泣いてなどいない。
しつこい!とにかく!
お前らのせいで団子食いに行く予定がパアになったのだあ。
今度の外出、勿論、奢ってくれるよな?
尾浜:
その美肌の秘訣を教えろって、くのたま達が来襲するんだって?はっはご愁傷様ー。俺たちに心配かけた罰ですー。俺?泣いた泣いた、ちょー号泣したよぉ。
お詫びは食券三枚と饅頭で許したげる。
――あのねぇ、ブスブス煙上げる級友を背負って走るって、割とね。キツイよ。
あとで兵助に豆腐でも献上しときなよ。
あと雷蔵が説教するって言ってたから、お前ら覚悟しとけよ。
は?むしろなんで怒られないと思ってたの?お前ら馬鹿なの?
あー、そういやお前らと一緒にバカでかいナメクジが落ちてきてたけど、生物委員で飼ってんの?お前らと一緒に焼きナメクジになってたけど。
あそこまででかいともう妖怪だよねー。