先週さ―、赤い巾着が浮いてるの見なかった?
あ、そうそうそれそれ。お姫様の着物で作ったみたいな、キレ―なやつ。
実は俺さ、あの巾着が落ちてくるところに居たんだ。……ちょうど、会計委員でさ……ほら、予算会議が近かったから、昼休みでも委員会活動入ってたんだよ。
うん、それで左門センパイが厠行くって言うから、案内で。
いいかい、左門センパイだぞ。学園一決断力のある、方向オンチだぜ?
委員会中に厠に行ったら日が暮れるまで帰って来ないよ。悪くすると次の日まで帰って来ないから、捜索隊出すことになるんだもん。
余裕のある時ならともかく、あの時左門センパイに抜けられたらかなりヤバかったんだよ。それで、案内つきだったんだ。
……ありがと、金吾も頑張れよ……。
最初に気がついたのは左門センパイだった。センパイ、目がいいんだ。
「何だあれは!」
「え?なにがってセンパイ―!?」
気がついてすぐダッシュするから、ぼくは巾着が落ちてくるところをじっくり見られたわけじゃないんだけどさ。
赤い何かが、空の上からゆっくり落ちてくるのは見えた。紙が風に吹かれるみたいにゆらゆらしながら、ほんとにゆっくり落ちてきたんだ。
センパイはすぐ立ち止った。良い子は急には止まれないから、後ろを走ってたぼくは思いっきりぶつかっちゃった。
「ぶっ!すみませんセンパイ!」
「気にするな!それより、降りてくるぞ」
じっと見守るぼくとセンパイの前に、その巾着はゆっくりゆっくり降りてきて、地面に着く前に停まった。
えっと、だから、浮いてるんだ。水に浮いてるみたいに、空中をぷかぷかしてるんだ。
びっくりして見てたら、すーって滑るみたいに動いてこっちに来たんだ。何となく取ろうとしたらサッて避けられた。
うん。巾着が。
ぼくの手を避けるみたいにさっと動いたんだ。
……え、だってこっち来たら、何となく取らない?
だってトンボとかさあ、目の前に来たら何となく人差し指とか出すだろ。
え―?そうかなあ……なあ虎若、どう思う?
おー!それだ!虫捕り網!虎若あったまいー!
え?うん、そう、その巾着な。ささーっと向こうに行っちゃって、なんだアレってぽかーんとしてたんだ。
「追うぞ団蔵!」
「は、あ、ええ!?」
「進退は疑うなかれだ!」
それからもう大変だったよ!だって左門センパイだぜ!流石学園の誇る方向オンチ!どーして道なき道ばっか選ぶの!?って感じでさ。しかも足すげー速いんだもん。
途中で、善法寺センパイとか綾部センパイとか、一年い組のやつらとか、生物委員とか田村センパイとかとすれ違ったけど、なんか上級生のセンパイ方がものすごくギョッとしてたんだ。なんでだろ?
善法寺センパイなんか、驚いた拍子にトイレットペーパー落としてたけど、大丈夫だったかな?
ていうか、今思ったんだけど、田村センパイってたぶんぼくたちを探しに出てたんだよな……ぼくたちを探してた筈なのに、どうしてギョッとした顔のままで絶句してたんだろ?
気が付いたら学園の外に出てて、塀を越えた覚えが全然なかったからびっくりしちゃった。
風がびゅんびゅん耳元で鳴ってて何も聞こえなかったけど、左門センパイを一人にしちゃいけないって思って走ってたなあ。
でもこのままじゃ迷子だって思って。……ていうかその時には既に迷子だったんだけどさ。どこにいるのかわかんなかったし。
そしたら、巾着が急にゆっくりになったんだ。それまでひゅんひゅんすばしっこく動いてたのにさ。
ぼくたちは見た事もないくらい大きな竹が何本も生えた竹林の前に来てた。
曲がりくねった小道があって、竹林の奥からはすごくきれいな緑色の光が差し込んでた。たぶん、竹の隙間から射した木漏れ日だと思うけど、とにかくすっごくキレイだったんだ。皆にも見せたかったなあ。
巾着がふわっと飛んで、竹林の奥に続く小道を飛んでいった。
センパイも追おうとしたんだけど、ぼくには責任があったんだ。
方向的に全く役に立たないセンパイを連れて学園に戻らなきゃいけないっていう責任が。
「センパイだめです。ぼくたち迷子です」
「なに?……おお、いつの間にか学園の外に出ていたんだな!これはまずい。潮江先輩の雷が落ちる」
「えええええええっ!!!!早く戻りましょうセンパイ!潮江センパイが鬼になりますう!しかも匍匐前進とか言い出したら……!これ以上泥だらけの洗濯物増やしたら母ちゃんにも怒られる!!」
「母ちゃん?」
「伊助です!」
ぎゃああああすみません母ちゃ……伊助さま!どうかおゆるしを!
ひいいい庄ちゃーん!おねがいたすけて!庄ちゃあああああん!
ひでえ!?みすてられた!?
あ、え、う、うん、続きね、うん。
話すよ、話すから助けてね!
「うーむ……」
センパイは唸りながらちらっと巾着を見た。ここまで追いかけてきたんだし、気になってたんだと思う。
巾着が、こう……からかうみたいな動きっていうのかな。ねこじゃらしみたいな動きでセンパイの顔の横を飛んだ。
センパイの目がキランッて光った。
「待てい!」
「待つのはお前だバカタレ」
えっ、て思ったよ。
迷子のはずなのに、どうして潮江センパイがいるのかって。
左門センパイの襟首を掴んで後ろに投げた潮江センパイは、汗びっしょりで目がギンギンしててすごく怖かった。
後ろを振り向いたら、同じく汗びっしょりでゼエハアしてる田村センパイに「よくやった」て頭を撫でられた。
んー、や、それがなんで褒められたのか全然わかんないんだ。
その後?潮江センパイにめちゃくちゃ怒られて、いつもの鍛錬コースになったよ……ハハハ。ううっ、潮江センパイすごく怖かったよう……。
でもあの巾着さあ、なんだったんだろ?
あの竹林も、あれから見つからないし。
不思議だよなー。
先輩のコメント
田村:
あんなモノ追っかけてどこまで行ってるかと思えば、あの二人は!
裏裏裏裏裏裏裏裏裏山だぞ!ほとんど学園の敷地外だ!
それにしても、別人のように足が速かったな。潮江先輩ですら追い付くのに苦労したと仰られていたぞ。
一度見失った時に、崖っぷちから飛ぼうとしてたのには肝が冷えた。団蔵が足止めしていなければ間に合わなかっただろう。
そういえば、二人とも口を揃えて竹林やら巾着がどうのと言っていたが……左門が進もうとしていた場所は崖だったし、周囲に竹林などはない。
……その、巾着とやらも私には巾着に見えなかったし、化かされていたんじゃないのか?
綾部:
巾着?何の?……………ああ、三木の後輩が迷子になったっていう話。
まあ、なかなかお目にかかれないものだったかな。
あんなモノ追いかけて、馬より速く走る子どもなんてさ。
そうだねぇ、結構目撃者多いみたいだけど、下級生はみぃんな「綺麗な赤い巾着」って言ってるね。
わたしが見たもの?さあ、上級生は誰も何を見たか言わないんでしょう?
つまり、知らなくてもいいモノってことじゃない?
わたしが見たモノと同じモノを見たのかは知らないけど、三木が実習の時でも見ないような焦った顔して飛び出していったよ。
ああ、潮江先輩他六年に伝えたのはわたし。
流石にあれは尋常じゃないと思ったし、後輩が神隠しにあったら後味悪いじゃない。
あの時の善法寺先輩?
慌てて追いかけようとして、他の保健委員と一緒にターコちゃん二十三号に嵌まってたけど?