うーん、あのね?去年の台風の時かな。
情報収集の忍務で、女装していてね……あの時は災難だったなあ。
学園に戻ろうとして道を急いでいたら、どんどん雲が出てきちゃってさ。まだ日暮れ前だっていうのに、空は真っ暗。
おまけに雷様が怒ったと思ったら、ひどい土砂降りでね。これはかなわないやと思って、近くの廃寺に逃げ込んだんだ。
地元の人が掃除でもしてるのか、荒れたような空気のわりに、中は傷んでなかった。
お化粧どろどろだろうなあ、もういっそ顔を洗ってしまおうか。
でも、女装を解いて帰るにも、着替えの持ち合わせがない。
お化粧とっちゃったら、女装してる男ってバレバレになっちゃうんじゃないかなあ、そうしたら目立つよねえ、忍者が目立ったらマズイよねえ、でも今のお化粧ドロドロの顔でも目立つだろうなあ、でもまだしも女性って見られるなら落とさない方がいいかなあ、でも正直顔洗いたいし、とかって結構長い間悩んでたかな。
悩んでたら、本堂の真ん中に水瓶が置いてあるのに気付いてね。ちょうどよく水も入ってたし、どんな顔になってるんだろうと思って、覗いてみたんだ。
そうしたら、もう綺麗サッパリ化粧なんて落ちちゃって、すっかり見慣れたぼくの顔が映った。
まあね、女の子みたいに毎日自分の顔チェックなんてしないけど、三郎がぼくの変装をしているから。自分の顔は見慣れているんだ。
なあんだ、化粧落ちちゃってるんなら気にしないでこのまま帰ろって思って外を見たら、ぼくが悩んでる間に雨は止んでたみたい。
あはは……まあ日が暮れてなくて良かったよ。
それで学園に着いたら、小松田さんがぼくの顔を見て「うぎゃあお化け!」って逃げ出しちゃって。
はぁ?って小松田さんを呆れて見送った利吉さんが、ぼくを振り向いて「ぶふっ!」て吹き出した。
ぼくはすっかり困惑してしまった。
一体なんだっていうんだろう?
「あ、利吉さんこんにちは……?ぼくの顔、なにか付いてます?」
「何かって、君……っ!ぶっ……ふふ、くっ……!化粧がぐっちゃぐちゃだぞ……ぶっ」
その後のことは知っているでしょう?
三郎とハチがぼくを出迎えてくれたんだけど、顔見た瞬間に一斉に吹き出して、腹抱えて笑っているんだもの。ぼくはわけがわからなかったよ。
「雷ぞ、おまっ……ぶっはははは!その顔で歩いてきたのか!あっはははははは!はあー、腹いてえー、ぶっくっく……!」
「ぎゃははははは!はははだはははははははっ……くっ、顔!化粧崩れ……っはひい、ひぃ……ぶふふふふふ……っ!オバケみてえー!!」
とりあえず二人を黙らせて、井戸に行って水を入れた桶を覗き込んでみたら、思わず叫んじゃったよ!
「ええっ!?何この顔!」
もー、化粧がどろっどろのぐっちゃぐちゃ!
小さい子が見たら泣きだすみたいな物凄い顔だったんだよ~!
ぼくもう本当に恥ずかしくて!
お寺で見た時は確かに化粧全部落ちてた筈なのにさ。あんなオバケみたいな顔と自分の顔を見間違える筈ないじゃない?
即行でお化粧を洗い流して、汚れが付いていないか、水面に映った顔をまじまじと眺めていたら、何か違和感があった。
思わずいつも見てる自分の顔――つまり三郎なんだけどね――を見上げたよ。
見比べてみるとすぐに気付いた。
あ、左右逆なんだ。
考えてみれば当然だよね。鏡で見た自分は左右逆の姿をしてる。水面も然り。
だけど、絶対に見間違いじゃないって云えるんだけど。
あの水瓶に映ったぼくは、三郎と寸分違わぬ姿をしていたよ。
フリーの売れっ子忍者のコメント
山田利吉:
ああ……、あの顔は傑作だったなあ。不破君と同学年の久々知君が「豆腐の潰れたような顔なのだあ」なんて言い得て妙なことを真面目な顔で言うものだから、暫く笑いが止まらなかったよ。
あの水瓶ね……あれね、私がどんなに巧みに変装しても、あの水瓶を覗き込むと素顔しか映らないんだ。
不思議だよねえ。
仕事で使うには便利かなと思って使ってみたんだけど、予想以上に騒ぎが大きくなっちゃってね。
物騒だから金楽時に納めたよ。
え、どんな仕事でどんな使い方をしたのかって?ハハハ、忍者の仕事は秘密なんだよ。
ただ、あの水瓶を金楽時で見かけても、もう近寄らない方がいいね。
何故って、さっき言ったじゃないか。
……物騒だからさ。