ぬおお数馬!そこはちょっ…あだぁ!痛い!痛いぞ!物凄く!
……むぅ、仕方なかろう!あんなところによもや二段式からくり落とし穴があるとは思わなかったのだ!
というか落ちたのはタカ丸さんであって私は後方のオバケ共に目が釘付けだったので気付かなくとも仕方あるまい!と思う!
うん?なんだ乱太郎、それにあー、フシギ蔵。オバケに興味があるのか?
そうかそうか、伏木蔵?は怖がりの一年ろ組なのにちょっと変わってるな!うむ、話してやろう!
まずはしんべヱに会ったところからだな。
私はいつも通り、近づいたと思ったら遠ざかる不思議な厠に向かって走っていた。最初は作兵衛が一緒だった筈なんだが、いつの間にかはぐれてしまった!これもいつもの事だ!
そこで前方に、鼻水とヨダレの道しるべを残しながらよたよた走るしんべヱを発見した。
「おおしんべヱ!色々相変わらずだな!」
「あ、え~とぉ、決断力のある方向オンチの神崎左門せんぱい~!せんぱいもこのイイニオイ追いかけてきたんですかぁ?」
「しんべヱお前ヨダレがすごいぞ!ところでいい匂いとはなんだ?」
「すっごくおいしそうなニオイがしてるじゃないですかぁ~!うっとりしちゃいますぅ~はふぅ~ん」
「うおっ!?しんべヱお前ヨダレが!ヨダレが物凄いぞ!」
しんべヱが犬のように鼻をヒクつかせながら走って……む、歩いているような速度で走っていくので、興味を覚えた私はついていくことにした!
「せんぱいそっちじゃないです!」
「ふごっ!?」
お?うむこの声はな、腰紐を引っ張られてちょっとグエッとなっただけだが。しんべヱは力が強いな……。
しんべヱの鼻に案内されてついた場所は、忍術学園内に忽然と現れた立派な屋敷だった。
うむ、確かに昨日まではなかったものだ!昨日あの場所で委員会活動したからな!匍匐前進五百メートルだ!
屋根は茅葺きだったが、貴族の屋敷よりずっと大きくて立派だった!家の周りをぐるりと竹垣が囲んでいて、その隙間から広い庭が見えた。
その庭がまた見事なのだ!
山茶花と木蓮と牡丹が満開に咲き誇って、あと金木犀と、藤もあったか?奥の方には菊花や桜花も見えた。どれも見事だったぞ!
うむ、聞いてて分かったと思うが、ちょっと不思議でな!四季折々の花が一斉に咲いている変な庭だったな。
見れば分かる!それはそれはあんまり見事なんで文句を言う気もなくなるぞ!
「あぁ~!あそこの家からイイニオイが漂ってきます~!」
「む!?学園にこんな家などなかった筈……曲者か!よし、偵察だ!」
「はあ~い!あれぇ?せんぱいどこいくんですかぁ?」
「むごっ!?」
再びしんべヱに腰紐を引かれてウゲッとなりながら進路修正をしてもらい、我々はその不審な家に突入した!
む?下級生は外に置いてくるべきだったと?うむ、私もそう思ったのだがしんべヱがヨダレを大量にこぼしながら突進していてそれに引き摺られているような感じだったので、むしろ止まれなかったと言うべきか!
ぁだっ!?何故頭を叩く数馬ぁ!
まあとりあえず竹垣の隙間から向こうを窺い、立派な作りの門をくぐり抜け、どこかの雨戸の下にでも張り付こうかと思った時だ。
身構える暇もなくガラリと音を立てて勝手口が開いた。
「毎度どうもありがとうございましたぁ~。それでは失礼しま……あれ、しんべヱくんに、三木ヱ門くんの後輩の……左門くん?」
なんと中から四年生のタカ丸さんが!
しかも既に一仕事終えた感がばりばり漂っている!
「おや、お客様かぇ」
タカ丸さんの後ろから、女の人の……なんだ、美人っぽい声がして、にゅうと白い手が出てきた。タカ丸さんはハッと焦った顔つきになると、それでもプロの笑顔を浮かべてまくしたてた。
「わあ二人とも俺を迎えに来てくれたんだねありがとう!それでは奥様ぼくたちはこれで失礼致しますこの度はありがとうございましたまたどうぞ髪結い処斉藤をご贔屓に宜しくお願い致しますでは!」
すごいな!タカ丸さんがあんなに速く喋っている所を見たのは初めてだ!貴重な物を見たぞ!接客業の本気というやつだな!
そのままタカ丸さんは見た事も無い程必死な形相で我々を抱え込むとそのまま全力ダッシュで門に向かった。
「や~あっちにイイニオイが~!」
「しんべヱくん今度すっごく美味しい甘味屋さん教えてあげるから大人しくしてて!」
「ハイッ!タカ丸さん!」
タカ丸さんとは今まで関わる事がなかったから知らなかったが、あのしんべヱを一瞬で従わせるとは中々にタダモノじゃなかったんだな!まるで土井先生のようだったぞ!
正直なところ甘酒代とか計上して来た時は会計の先輩方の血管の切れる音を聞きながらただのアホかと思っていたが、流石は途中編入で四年に入っただけのことはある!
ところでな数馬、私はタカ丸さんに肩に担がれるようにして運ばれていたので、背後はしっかり見えたワケなのだ。
白くて美人っぽい女の手がゆっくりと戸を開け、立花先輩に勝るとも劣らずの艶やかな黒髪をしたおねえさんが顔を覗かせた。
あえて言うが超美人だったぞ!なんというかな、山本シナ先生みたいな、迫力美人だった!
その美女はこっちをみてニタリと笑った。
そして次の瞬間口から信じられない程でかいムカデを吐き出した!
あんな美女の口からムカデが出てくるとはとんだ衝撃映像だったぞ!ん?いや、孫兵だったら狂喜乱舞しそうだな。
更に驚きなことにだな!そのムカデは宙を飛んできたのだ!
地面でなく宙を走って追っかけてきたのだ!妖怪変化とは予想もしない事をしてくるものだなあ。
「うおおおおおああ!!タカ丸さん追っ手です!」
「えええ!?ちょ俺もう限界近いんだけどっ!」
「熊よりでかいムカデです!」
「ィイヤァァァァァァアアア!!」
いやはや。タカ丸さんは意外と力持ちだな!
しんべヱと私を抱えてスピードアップしたタカ丸さんはその勢いのまま突っ走って落とし穴に落ちた。
あんな見事に落とし穴にかかる忍者を、私はドクタケ以外で初めて見た!
これは追いつかれるかもしらんとタカ丸さんを踏み台に落とし穴から顔を出すと、ムカデは急に消えた私たちを探してキョロキョロしていた。
ムカデの、毒々しい程にどす赤い眼と目が合って、あ、これはいかんと思った瞬間だ。
穴の底のからくりが作動した。
急にタカ丸さんが物凄い勢いでぶつかって来たと思ったら、遥か下でムカデが呆然と我々を見上げているではないか!
は?と思ったのもつかの間、忍たま長屋が眼下に見え、は??と思っているうちに落下が始まった。
はああ!?と思いながら三人とも思いっきり叫んでいたな!数馬たちにも聞こえただろう?
人間ってあんなに吹っ飛ぶものなのだな!すごい体験をしたぞ!
着地点が水練池だったのだが、落ちる寸前に呆然と我々を見上げる二年と、転びながら駆け寄ってくる善法寺先輩を見た。
まあ事の次第はそういうわけだ!
からくり落とし穴だったらしい。作法委員会の仕業だな!たぶん!
慌てて水面に上がったのだが、ムカデも立派な家もどこにもなくなっていた。
不思議に思ったのだが、タカ丸さんが溺れていたので超浮力を発揮していたしんべヱに掴まらせて、善法寺先輩に肩を貸してもらいながら保健室に来た、というわけだ!
だからこの怪我は不可抗力であって、数馬に怒られるようなものではあだだだだ痛い痛い!
数馬!間接はそっちには曲がらなあででででえええ!すっみませんっでしたああああ!
うぐぅう……あ、あとそういえば美女の額には角が生えていたぞ。
む?それを先に言え?うむ、すまん!口からムカデが衝撃的すぎて忘れていた!
先輩のコメント
斉藤タカ丸:
も~!怖かったよ~!
え?あ、あのね、俺もあの家なんだろうと思って行ってみたんだ~。人と話すのは慣れてるし。
そしたら、出て来た奥さんが、頭にツノ生えてたから驚いたよ~……。
咄嗟に「どうも髪結いです~。奥様髪キレイですねぇ、おひとついかがですかぁ?」っていつもの営業スマイル返せたのは、奇跡だったよねぇ。
「ほおぅ……美しうできぬならば、おんしのその無用の両手を貰おうかえ」って脅されてね、も~今までの人生で滅多にないくらい真剣に、丁重に結ったよ。
気に入ってくれたみたいですんなり帰してもらえたけど、いざ帰ろうとしたら左門くんとしんべヱくんが目の前にいるしさ、本当に焦ったよ~……。
思わず二人とも抱えて走っちゃったけど、ちょっと無謀だったかなぁ……。池に落ちた時もう既に全身筋肉痛でね、上手く泳げなくて大変だったなあ~。
うん……しんべヱくんって、重いんだね……。
明日には筋肉痛、マシになってると良いなあ……。
治療に当たった保健委員会のコメント
代表・善法寺伊作:
きみたち、曲者見たらまず特攻しないで、上級生か先生に報告する事を覚えようね??