そうだねぇ、怖い話ねぇ……。
忍務に関係ないような怖い話ってあんまりないんだよねぇ……あ、ああ~、あったあった。
殿の無茶振りの件であったよ、確か、怖い話。
お前たちちょっと座布団とお茶持っておいでよ。
三月程前に、笹倉様の末姫様がお輿入れされただろう?
あの件で、実は一悶着あったんだよ。
うちの殿が婚礼決めたんだけど、笹倉様はなかなか首を縦に振らなくてねえ。ちょっと問いつめてみたら末姫様は化け鼠だか何だかに花嫁として狙われてるっていうんだよ。
それを聞いた殿、なんて仰られたと思う?
「昆奈門、貴様身代わりになれ」
ええーヤダー。まあ予想は出来てたけどね。
正直ねぇ、どっちも嫌だったんだけど、一応聞いたよ。
「は。どちらのでしょう」
「無論化け鼠の嫁に決まっておる。可憐さを詠われる笹倉の末姫を選んだのが畜生の趣味ならば、その面相で嫁にされることはなかろうて」
本当になんていうかウチの殿はさあ、人使い荒いっていうかさあ、手段選ばないよねえ。毎回地味に当て擦りしてくるし。
なんだい山本、殿が当て擦りするのは私に対してだけだって?
厭だねえ、それじゃあまるで私が性格悪いみたいじゃないか。コラコラ、溜め息で返事するんじゃないの山本、尊が真似したらどうするんだい。
そういう経緯でもって何日か姫に化けてた訳だけど、ほら高貴な女人ってずっと顔隠してても不自然に思われないじゃない?えらく楽ちんだったねえ。
ん~それで何日目かの夜、姫のお生まれになった日あたりかねえ。
姫の部屋で寝たふりしてたんだが、何やら天井裏が騒がしい。
何十人もの足音、上がる歓声、じゃああんじゃああんと繰り返し鳴らされる鐘の音。
あ、来た。
天井裏には部下が詰めてた筈だったんだが、あの様子だと見つかったら八つ裂きにされててもおかしくないなあ。尋常じゃない感じだしねえ。
はあやれやれ、と思って身構えてたんだけど――あ、安心していいよ、どうも私だけしか怪異に気付いてないっていうパターンだったらしくて、外の不寝番も部下も無事だったから。
でねえ、その、化け鼠の婿殿っていうのは、どうやらネズミ世界じゃあ良い所のお坊ちゃんらしくてね。
婚礼を祝いにきた、口ぶりからしてこれまた身分高そうな人……じゃないな、身分高そうなネズミの声が、ずいぶんたくさん聞こえたよ。祝辞が長いのなんの。
途中でちょっと寝ても良いかなと思ったくらいだったねえ。
しかし祝辞からでも充分情報は読み取れるもの。おかげで人の身ながら妖怪社会の一端を知る事になっちゃったよ、役に立つ時が来ないと良いけど。
で、どうやらネズミの若様は花嫁と対面するのは初めてらしい。風の噂でたいそう可憐なお姫様だっていうんで、目を付けたらしいんだね。
目を付けられた末姫様としちゃあ堪ったもんじゃないよねえ。
でも顔を見た事がないっていうんなら好都合だ、偽物と見破られることもない。
ネズミの若様に、世間の厳しい風というものを教えてやるのもなかなか面白いじゃあないかい?
かた、
天井から音がしてそっちを見たら、天井が全面立派な門になってて目を瞠ったよ。それがまた立派で、柱は朱塗り、扉は鮮やかな白緑、透かしの彫りは五色の瑞雲。屋根瓦は金だった。
あの門だけでウチの忍衆の経費十年分ってトコだろうねえ。門だけ置いてってもらえないかなとちらっと思ったけど、無理な話だろうな。
ぎぃ、ぎぎぎぃいいぃぃぃ――
とうとう婿殿のお出ましだ。
私は怯えたフリをして部屋の隅に行き、襖の向こうにいる不寝番に声をかけようとした。
『笹倉の姫。迎えにきた』
そんな私の様子を見ても婿殿は全く気にする様子がなくてね、あー手は回してあって逃げ場はないですよって顔だ、と思いながら襖を開けた。
忍術学園の子たちに聞いたんだけど、あれってどや顔って言うらしいね。
襖を開けたら――流石にたまげたね。
襖の向こうは、煌煌と月の照る、池のほとりだった。池の向こう岸にはそりゃあ立派な御殿があってねえ、吉原もかくやと言う程の成金趣味だったが、まあ綺麗な景色だったよ。
そこで婿殿が後ろに立つ気配がした。
とりあえず怯えたフリ続行で振り向いたけど、ネズミのわりには随分と涼しげな顔立ちの若様だったねえ。
ちやほや大切にされて育った感じはあったがね、気弱で純朴そうだったよ。怯えて後ずさる姫を気遣うように困った顔をして、『さあ』って手を差し出してきた。
――案外、末姫はあのネズミの若に嫁いだ方が幸せだったかもね。
さてここからが見世場だ。
私は月明かりが顔に影を作るようにして、口元を袖で隠しながら顔を上げた。
目は、いつか見た悋気で鬼のようになった女のように吊り上がり、ぎょろりと大きく見開いてね。
額や目元の爛れてでこぼこになった皮膚が、月明かりに不気味な陰影を晒す。
自分で言うのもなんだけど、夜中に薄明かりの中で鏡見ると自分でもギョッとするからねえ。
案の定、婿殿は蒼くなって一歩さがった。
あともう一押しか、そう思って、伝子さんの猫撫で声で、
「あらァ、イイ男」
って言ってみたんだよ。
アレは色んな意味で衝撃的だからねえ。
ああ、ちなみにね、下顎にドクタケ首領の割れアゴ変装つけてたから、折角だし見せようと思ってねえ、色っぽく笑いながら袖を外してみたよ。
そうしたら、婿殿はネズミの断末魔そっくりの声を上げて――面白くって、思わず二、三歩追いかけちゃった。
『ギャー!!バケモノ――!!』
なあんて叫んじゃってねえ、クク、どっちが化け物だか分かりゃしない。
一目散に門の向こうに逃げてった婿殿に驚いてか、女中頭かね、気品のある婆さんが『若様!?』て言いながらひょいと顔を覗かせた。
ニタアって笑ってやったら『ひっ』て顔引き攣らせて卒倒してね。
『ねっねね殿!?』
『も、門を閉めよ!婚礼は取りやめじゃ!』
向こう側の門の両脇に、熊くらいの大きさのネズミが門番していたらしい。
慌てて門を閉めようとして、暗がりに立つ私と目が合うと、笑えるくらいのへっぴり腰になっていたよ。
オバケにおどかされる話は数あれど、オバケを驚かす話はそうないだろうねえ。
此れ程面白いとは思わなかったよ、いやあ愉快愉快。
なんだいお前たち、せがまれた通り怖い話をしてやったっていうのに、どうして笑い死にしそうになってるんだい、んん?
だってねえ、伝子さんと八宝斎と私の女装のコラボレーションだよ。
怖くない?
部下のコメント
山本:
組頭、止めを刺さないで下さい、若い衆が呼吸困難で死にかけてます。
しかし笹倉様の御屋敷からネズミが一斉に逃げていったという怪事の原因はそれでしたか。
確かに伝子さん風で八宝斎レベルにアゴが割れた組頭みたいな危ない目つきの女怪なら逃げていくのも当たり前ですね。
私ですら鎖分銅で簀巻きにして周りに藁と火薬の山を積み上げた挙げ句に屋敷に火を付けて遁走しますね。
組頭の部屋でソレを見かける日が来ようものならありったけのもっぱんを投げ込む所存です。
よろしいですね?組頭。
諸泉:
あっ、あは、ははひっ、ひい、くっ、くみがし……っそれ、怖いの意味、ふひー、違い……ま……っ!はひ、ひい、ぶっくく……あは、はひー!ぶふふふひい……っ!腹が、腹いた……っ!やめて下さ……ぃ、山本、さ、息、できなっ、腹があ……っ!
(以下、床に転がって痙攣する若衆の仲間入り)