なあ庄左エ門、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど。
お前のクラスに、きり丸っているだろ。しょっちゅう目を銭にしてる……うん。
単にそうなのかなって思うだけなんだけど、きり丸って火事とかに遭ったことあるのかな。
――ごめんって、そう怖い顔しないでよ。思っただけだってば。本人に聞くとか出来るわけないだろ、火事に遭ったかなんて。
だから庄左エ門に聞いてるんじゃないか。
なんでって……うーん、笑わないで聞いてくれる?
庄左エ門はは組の学級委員だし、話しておくよ。
ぼくたちが入学したての頃、いろいろ事情があって入ってくる子もいたし、けっこうギスギスしていたろ?
……ああ……そう……は組はそうかもしれないけど、い組は勉強ができてプライドが高い子が多かったから、打ち解けるまで大変だったんだ。
ある意味、は組のおかげで連帯感が出来たところはあるかもなあ。組ごとの対抗意識ってやつ。
まあ、その中でさ、きり丸って、なんていうか大人に見えたんだ。
自分でさっと決めてさっと動いて、いつも一人で忙しそうにしてた。地に足がついてるように見えたんだ。
だから、ちょっと気になってた時期があったんだよ。
上級生相手に弁当売ってて、よく話せるなあって感心して見てた時さ。きり丸の足元に、なんか黒い丸いものが落ちてたんだ。
最初は別に気にしてなかったんだけど、きり丸が「弁当いかぁっすかぁ~」ってまた歩きだしたらその黒い丸いのもころころって転がりながら、きり丸の後をついて行った。
細い紐でも繋いでるのかなって、その時は思ってた。
だけど見るたび、いっつもその黒い丸いのを連れて歩いてるから、何なのか確かめたくなった。
それで、たまたま廊下ですれ違った時に、それを拾い上げてみたんだ。
……そう……なんだけど、声をかけるにはちょっと、勇気がなかったんだよ。あの頃のきり丸って、ちょっと近寄りがたい空気出してたろ?
うん……は組はすごいよな。
その黒い丸いのを拾い上げてみたら、ビックリしたよ。
それね、毬だったんだ。
そう、毬つきに使う毬。女の子が持ってるやつさ。
だけどそれ、真っ黒焦げでね。擦ると表面がボロボロ崩れて落ちていくんだ。
慌てて出来るだけ丁寧に持ってたら、きり丸が心底不思議そうに言うんだ。
「何してんだ?」って。
「ごめん、これ君のだった?」
「は?何が?」
本当に不思議そうに言うんだ。かみ合わない会話が続いた。
きり丸には、その毬が見えてなかったみたいなんだ。
その事に気付いて、ぼくは「ごめん、気のせいだったかも」って言ったよ。何が何だかよくわからなかったけど、きり丸がぼくをからかってる訳じゃないっていうのは分かったから。
そうしたらきり丸は
「ふーん?そうかぁ?んじゃな」
ってさっと歩いて行った。
あんまり素早かったんで、立ち去ろうとしてたぼくの方が見送る事になっちゃったよ。
でね、きり丸が背を向けた途端だったなあ。
ぼくの手の中の毬が、動いたんだ。
動物が身動ぎしたみたいだった。
不思議なんだけど、気味悪いとかそういう嫌な感じは全然しなかったんだよね。
だけど毬が動くとは思わないだろ。びっくりして落としちゃって、だけどボロボロに焼け焦げてる筈なのに、毬は綺麗に弾んだ。
ぽーん、ぽーんって跳ねながら、壊れもせずきり丸についてったよ。
まるで見えない誰かが、毬つきをしながらきり丸を追いかけてるみたいだったなあ。
今?今はあんまり見ないけど……。
アルバイト帰りとか、たまに後ろくっつけて歩いてるよ。