あのねぇ、忍たま長屋の、ある廊下なんだけど。
歩いているとね、後ろから足音がするんだよ。
大抵は小走りでね、ぼくを追い抜いて行ったなぁと思ったら戻って来て、ぼくの周りをまわったり、隣を歩いたり。
……もちろん、誰も居ないよ?
あるのは、足音だけ。
廊下の角を曲がると聞こえなくなるから、あの廊下にだけいるんだろうねえ。
面白いんだよ、ぼくが走りだすと、ビックリしたみたいに立ち止まったり、逆に競争になったりするんだ。
やだなぁ団蔵、そんなに怖がらなくても、悪さなんてしやしないよ!そんなにタチ悪いものじゃないもの。
その足音はぼくたちよりちっちゃい子みたいでね、時々何もないところで転んだり、足を縺れさせたりさ。可愛いよねぇ。
ある時ね、朝から調子が悪くて、ものすっごくだるくて、医務室に行ったんだ。
途中あの廊下も通ったんだけど、ぼくの調子が悪いの分かったんだろうね。足音がションボリしてたなあ。
ぼくを心配してくれたのかなあ、いつもと違って、角をまがっても足音がついてきてたんだ。
医務室が見えた時、ぼくは背中に岩を落とされたかと思っちゃった。がっくんって急に体が重くなってね、とにかく足が重くって重くって、一歩進むのがやっとだったんだよ!
なんとか医務室のすぐ手前まで辿り着いて、顔を上げたら、いつの間にかそこに知らないおじさんがいた。
医務室の前を行ったり来たりして、意味わかんない唸り声あげてた。わあ、変な人がいる、って思った。すごく怖い感じのする人だったなあ。
そうだよ兵ちゃん、学園にそんな変態とか不審者が入れるわけがない。たぶん、幽霊だったんじゃないかなぁ、あの人。
……団蔵と虎若、怖がりすぎじゃない?
兵ちゃんごめん、そこのバカ二人黙らせてくれる?
わあ、さっすが兵ちゃん!なにそのからくり、立花先輩に教えてもらったのもう出来たんだ?
今度よく見せてね!
なあに、庄左エ門。
わかった、続きね!
うん、でその幽霊に出会っちゃったんだけど。
体が重くて動けなかったから、逃げられなくてさー。ぼく、本当にもうどうしようって泣きそうだった。
その時!なんと!ぼくの後ろから……!
……ごめんごめん、だって団蔵と虎若があんまり怖がるから面白くて。
二人とも、今度寝る前に怖い話してあげるね☆
うん、その時ね、ぼくの後ろについてきてたあの足音がね、急に走りだしたの。
その足音はぼくを通り抜けて医務室の前のおじさんにぶつかって、ふっ飛ばしてた。
うん。吹っ飛んだの。どっかーんって音と、ぎゃーって怒ってる声みたいのが、遠くに飛んでったもん。
ぼくビックリしてぽかーんてしちゃった。
はっと気付いたらぼくの体のだるいのも消えてて、あの足音の子が消してくれたのかなあ。
んー?ううん、相変わらず居るよ。どこの廊下とは言わないけど……悪い子じゃないから、会ったら遊んであげたらいいんじゃない?
保健委員のコメント
伊作:
助かったよ三治郎!あの変な幽霊おじさんがいるせいで妙な寒気はするわ、唸り声はうるさいわ足音は鬱陶しいわ、伏木蔵も怯えちゃって薬作れないわ。
あの時間、変に人の気配がしなかったのって、戸の前にあのおっさんがいたせいだと思うんだよね。
さっさとどっか行けって思ってたから、凄く助かったよ~。
伏木蔵:
あの時は~、スリルでしたよう~。珍しく人が来ないねえって伊作先輩と話してたら、まさか幽霊が来るなんて~。
人影が見えないのに、のしのし歩く音と、変な唸り声だけ聞こえるのは、ホラ―でしたぁ~。
でもそれより一番スリルだったのは、伊作先輩の笑顔が、だんだん迫力が出てきて~。
ああ、あの幽霊さん無事で帰れないだろうなあって思いました。
まあ実際無事だったのかどうかは知りませんけどお。