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嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2025/07/06 [00:33:55] (Sun)
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2012/08/15 [21:23:09] (Wed)
時友四郎兵衛

拍手[8回]


 あのね、秋の全学年一斉マラソンの時のことなんだな。

 ぼく体育委員だから、コースから外れた生徒がいないかチェックしながら走るの。うん、委員会活動の時によく使うコースだから、全然余裕なんだな。
 え?そんなことないよ、体育委員なら普通だよ。
 金吾だってもう、往復3回くらいなら倒れないで走れるようになったんだな。

 

 走ってる途中で、小さい子の泣き声が聞こえたの。
 それがね、あんまり小さくて弱々しい声だったから、子猫の泣き声かって思ったくらい。

 その声の聞こえた方に行ったんだけど、もうすぐ近くに居る筈っていうくらい声は近いのに、人の姿どころか鳥とか鼠の気配もしなくてね。
 なんだかおかしいなあってぐるぐる回ってたんだけど、気付いてみたらすっごくおっきな木を中心にして、ずっとぐるぐるしてたんだ。

 声はそこから聞こえてた。

 ぼくが5人いて、めいっぱい手を伸ばしても回りきれないくらい太い木だったよぉ。地面近くに、大人が何人も入れそうなおっきな洞があってね、声みたいなのはそこから聞こえてた。
 最初は洞の中に子猫でもいるのかなあって思ったんだけど、近付いてみたら、洞を風が通る音だったんだってわかって、「なんだあ、びっくりしたんだな~」ってまたコースに戻ったの。


 ゴールしたら、怖い顔した先生が「一年生がコースから外れているのを見なかったか?」って。
 ぼくは見てませんって答えたけど、うん、一年生が何人かいないって大騒ぎになってたんだな。


 先生方が見回ってもいないとなると、もしかしたら怪我をして動けなくなってるのかもしれないし、かどわかしにあったのかもしれない。
 上級生と、体育委員は2人組で捜索に出るように言われて、ぼくは次屋先輩と一緒に出た。


 日が暮れたら足元は見えないし道もすごく判りにくくなるから、その前に一年生を見つけなくちゃと思った。そのせいかなあ、次屋先輩もいつもより真剣に走ってたんだな。

 えっ、うーんと、いつもは迷子になってるから、真剣っていうか……?


 そんでね、次屋先輩が「おぉーい、一年ぼーずー!」って叫びながら急に走り始めたから、迷子になる!と思って思い切りタックルしたんだな。

「せんぱい待ってください迷子になります!」

 って叫んだら「仕方ねえなあ」って手を繋いでくれたんだな。


 どしたの三郎次、「仕方ねえなあはこっちのセリフだ!」って、富松先輩みたい。……そんな嫌そうな顔しなくても。富松先輩いいひとなんだな。
 あっ、うんとね、一緒に次屋先輩を探したりとかしてるから。
 「うちの馬鹿がいつもすまん」ってお団子くれたりしたんだな。


 うん、わかった、続けるんだな。

 そのまま走りだして、でもいつも目的が迷子みたいな先輩がまっすぐ走ってるからどうしたのかと思ったんだけど、

「先輩、どこに行くんですか?」
「泣き声がする」

 一年かも、って先輩がもっと速く走りだしたから、ぼくは何か言う余裕がなくなっちゃった。

 先輩が足を止めたのはあの大木の前だった。

「おっかしいな、この辺からチビたちの泣き声がすんだけど」

 ぼくは泣き声なんて聞こえなかったから、ずっと首を傾げてた。洞の風の音も聞こえなかったんだ。
 ぼくが不思議そうな顔してるのに気付いたのか、先輩も首を傾げた。

「……もしかしてとは思うけど、お前、聞こえねえの?」

 ぼくが頷くと、先輩はものすごく渋いお茶でも飲んだみたいな顔して――えっ、にがむしを噛み潰したような?顔?っていうの?ありがと久作。
 えっと、にがむしを噛み潰した顔で、「戻るか」って言ったの。
 なんとなく気まずくて、ぼくは先輩を慰めるつもりで、昼間の泣き声の正体と木の話をした。

「この木ですよ」

 ぼくが指した木を見て、先輩は眉を片方だけ上げた。
 あれすごいよね、ぼく片方だけ上げるとか出来ないよ。

「洞なんてないぞ」

 先輩器用なんだな、とか思いながら見てたぼくは目をぱちくりさせた。
 だって、ぼくの目にはすぐ目の前に大きな洞が見えてたから。

 ぼくはよく分からなくなっちゃって、洞がある場所を覗き込んでみた。

 どう見ても、洞はあるし、っていうか普通に入れるんだな。
 ぼくは先輩を振り向こうとして、壁に頭をぶつけてひっくり返った。
 ひっくり返った先で何か柔らかいものを下敷きにした感触があって、上から「せんぱい!?」って声が降ってきた。

 そう、ぼく、転んで一年生の膝に倒れこんじゃったみたい。
 行方不明になってた一年生全員がそこにいて、大声で泣かれて縋りつかれちゃった。

 一年生が泣きながら説明してくれて、みんな木の洞から泣き声がしたんで不思議に思って覗き込んだら、閉じ込められたんだって。
 ……あれ?と思って振り返ったら、確かにぼくが入ってきた入口もなくなってたんだな。

 ぼくもうっかり入っちゃったんだな……

 ちょっと落ち込んだけど、後輩がいるししっかりしなきゃと思って、洞の中をよおく調べたんだよ。
 別に牢屋とかでもないし、木肌を掘って出ればいいやと思ったの。
 体育委員会でよく塹壕掘りをするから慣れてるしね。

 今思うと、木の洞の中なんて真っ暗な筈なのに、月明かりでもあるみたいにうすらぼんやり明るかったなあ。

 暫く掘ってたら苦無の先が向こう側に抜けて、先輩の声がした。


「しろっ!返事しろ!四郎兵衛!」
「せんぱい!次屋先輩聞こえますか!」
「しろ!?無事か!?」
「はい!一年生もいます!」
「よし、今先輩方が斧を取りに行ってる。もうちょい我慢できるか」
「はい!」


 一年生もそれで落ち着いたし、すぐに先輩が穴を開けてくれて、ぼくたちはようやく外に出られたんだな。

 あのあと、大木は燃やされたって聞いたけど、こないだ見たら普通に立ってたんだな。
 でももう怖いから近付かないことにする。
 みんなも、見るのはいいけど、近付いちゃダメだよ。





先輩のコメント
次屋:
あーあ、しろべが木の中に消えた時は、俺頭おかしくなったかと思ったわ。
木の中から一年ボーズとしろの声がして、あ、こりゃヤベ―と思って木に苦無刺したらな、ぴゅーって血みてえな水が噴き出してくんの。びびったわ。
斧使ってた先輩方もそれで全身真っ赤んなってたぜ。
ところでしろ、なんかお前俺に対して厳しくねえ?

滝夜叉丸:
私がこの夜目の訓練も怠らぬ視力でこやつを発見した時、それはもう必死に苦無を突き刺していてな、いやあ見事な啖呵を切っていてなあ。
「妖怪なんぞに俺の後輩とられてたまるか!」だと。
七松先輩も「あいつも先輩の自覚が出てきたな」と、心なしか嬉しそうに仰られて――痛っ、貴様三之助何をするか!
何?この私がニヤニヤしているだと?失敬な!
私はいつだって凛々しく笑って(以下略)

……まあ、下級生には本来言ってはならないのだが――あの木は桜だそうでな。
春になると、それは見事な花を咲かせるのだが、その花に誘われてか花見に行った連中が行方不明になるということが頻繁にあったそうだ。
今は注連縄をはって、人が近付かないようにしているそうだが……また復活するだろうな。
人食い桜の伝説が――。


 

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