嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2017/08/12 [23:38:38] (Sat)
そう目くじらを立てないでもらおうか。あんたが思うような事じゃない。
信用はできんだろうが……
……仕方ない、話してやろう。
だからそう、殺気を向けんでくれるかな。
あれは、いつだったか……あのガキんちょがこんなちっこかった頃だ。
ある時、町外れの破れ寺に出向く用事があってな。
忍びの務めだ、内容は聞いてくれるなよ。
日がとっぷり暮れてから、夜道を明かりを持たずに歩いていた。
朧月夜だったが、道を行くのに支障はなかった。
寺についてすぐ、やたらと賑やかなのに気付いた。
破れ寺で騒ぐ奴らにろくな連中がいないのは、あんたも知っているだろう。
山賊か俺たちのような人目はばかる者共か、ああ、宿なしの旅人が集まる事もあるか……。
しかしな先生よ、この時騒がしかったのは朽ち果てそうな寺そのものじゃなく、その境内だった。まァフツーに考えて賊だわな。だろう?旅人なら次の日に備えて屋根の下で体を休めるのが普通だ。
これじゃあ用事を済ませるのは無理だなとは思ったが、一応確認はしとかなきゃならんだろ?
気配を消して木立の中から窺ってみたんだが、なんだか奇妙でなあ。
小さいながらそこで市のようなものが開かれている、ようだった……な。
確か、そうだ、ゴザがいくつも敷かれて、その上で品を並べて座る影がいくつもあった。
市が開かれてる場所は妙に薄暗くて、人相まではよく見えなかった。
どこからともなく客が現れては物売りとやりとりしているのが見えたが、やはり暗くてよく見えない。
……なんだ、あんたせっかちだな。少しは話に付き合えよ。
誰かに話そうにも話せなかったんだ、いいだろう少しくらいは。心の狭い男は嫌われるって言うぞ。
……あんた結構辛辣だな……。
わかったよ、結論から言ってやるからそう凄むなって。
それはな、鬼どもの開いた市だったのさ。
変に闇が濃くてどうにも見えなかったんで、変装して潜り込んでみたんだ。
最初にすれ違ったやつの額に、立派なツノが生えてた時の俺の気持ちを考えてみろよ。
(ヤバイところに入っちまったーーーー!!)
不審に思われちゃマズイってのもすぐわかった、なんせ最初に見えたゴザの上で売られてたのが人間の生首だったからな。
そこの肉売り……人肉売りの男は顔が牛でな。そう、牛だ。田畑耕すのに居なくちゃならん畜生の、牛だ。体は人だった。
そいつは牛の顔してるくせに肉食らしく、人の腕らしきもんをボリボリ喰っていた。
「おう、喰らうのを止めねば売り物がなくなってしまう。しかし美味いのう、止められぬ」
ぶおう、おうと鳴きながらそいつが齧ってた生首は見覚えがあった。
そこでおれは、用事が果たせなくなったことに気付いた。ついでに火急的速やかに場を離れるべきだともな。……。
……察したようだな。ようは、取引相手だったのさ、喰われてたのは。
幸いにして、おれはその時もこの……覆面をしていたから、すぐに人間だとはバレなかったらしい。が、おれが前を通った後、その牛頭のやつが鼻をヒクつかせておれの方を見やがったのが分かった。
あんなおぞましい目で見られたのは初めてだ、背中が一気に粟立った。
元来た道を戻ればあの牛頭の前を通ることになる。速やかにこの場から出たいが、引き返すことはできなくなった。
なるべく冷静に、不自然でない早足で鬼の市を歩いたが、いや、やつらのモノの価値っていうのは本当にわからんな。
人間の一部を売ってるやつが多かったのは確かだが、同じくらい妖怪の一部っぽいものも多かったし、奴らには仲間意識ってもんがないのかね。獣の化生は一族ごとに仲が悪いと聞いたこともある、人間のように化け物の世界も戦さの世……だったりしてな。
他には、都の姫が身につけるような恐ろしく繊細な品や、一国の殿だって持ってないような尋常じゃない細工もあったが、ごくごく一部だ。
なんだかよく判らんモノを売ってるやつも多かったが、立ち止まって聞くなんて悠長な事態でもない。いや、そりゃ気にはなったが、命あっての物種だ。
店番してるのは基本顔が化け物だ、なのに着物だけは一丁前に人間と同じようなもん着てるからよ、違和感がすごい。異様にデカかったりちまっこかったり、人間じゃあり得ない体格してるのも多かった。
すれ違う奴らも似たようなもんだ、鬼どもの市なんだからな。
ぶつかって因縁つけあってるようなのもいて、人間と似たようなことしてるんだな……と思ったら本性を現しての取っ組み合いになって野次馬がやってきたりな。取っ組み合いで千切れて吹っ飛んだ妖怪の足は、野次馬が素早くキャッチしてその場で貪り食っていた。もちろん野次馬も人間は一人もいない。一見人間っぽいのでも目が多かったり牙が生えてたりなぁ……。
もうとにかく一生ぶんってくらいの人外をそこで見た。地獄の一丁目に紛れ込んじまったかと、背筋が冷えっぱなしだったぜ。
そこで、まあ、なあ……。聞こえてきたんだ。
ガキの声だ。
そう、あんたんとこの小僧だ。
なんともまあ威勢良く値切りしてやがって、先生よ、あんたどういう教育してんだい。
頭痛えって顔してんなあ……俺もあの時そんな気分だったぜ。
そうだよ、目口鼻が異様にでかい爺さんの前で声張り上げてたガキはな。
どーもなんか見覚えのある……忍術学園とかでチラホラ見たことのある三人組のな、一人だったわけだ。
「だからぁ!もーーーちょい負けてくれりゃこっちも買えるんだってェ、おっさんにも悪い話じゃないだろ?おっさんい〜もの売ってるからどーーしても欲しいんだけど、あとほんのちょーーっと足りないんだよ、だからさ〜おっさんの心の広さ深さ懐の大きさってのをここは見せて欲しいな〜なんて思っちゃうわけでさー俺も明日のメシに困るけどこれはできれば欲しいカナーみたいなさ〜?ちっとここは大人の度量見せてほしいなーー!みたいなさ〜、いやほんとおっさんすげーいいもの売ってるからさーおばちゃんたちにもバシッと売り込んできてあげるからよ〜ほんとよ?おれおばちゃんたちからアルバイト仕事もらうからよ、ツテあるんだぜ!売り込みならこの天才アルバイターきりちゃんにお任せ!ってね!な?だからよあとちぃーっとだけおまけしてちょ?」
(うわあの小僧なんてことしてやがるんだ命がいらんのか)
そのガキンチョはなあ、どう見ても人間じゃなさそうなやつ相手に、こともあろうか揉み手で擦り寄りながら値切りしてたんだ。
末おっそろしいガキだ……。あんたほんと教育考え直した方がいいと思うぞ。
がきに擦り寄られてる爺さんは目つきがどうも怪しくて、小僧の手足やらをチラチラとまあ、家畜の肉付きを見るような感じと言えば分かるか。
小僧もはしこいくせに目が銭にくらんでやがって、こりゃヤバイと思ったわけだ。
流石に顔見知りの子供が頭からバリボリ喰われるのは寝覚めが悪い。
「連れが悪いな、じいさん」
「エッ、あっ!あんた!おっさん!凄腕モゴッ」
首根っこ掴んで持って行こうとしたら、そのジジイが異様に素早く小僧の足を掴んでな、
「オやぁ……せっかくの良い取引を潰されては困りますなァ。断り賃をいただきませんとなあ」
ジジイの手は節が奇妙に骨ばって爪がやたらと鋭く、小僧もようやく異様さに気付いたのか大人しかった。
「あんたはそもそもこいつと取引なんぞする気はなかっただろ。ガキの戯言を本気にしちゃあいねえだろうな?」
「ふうむ、しかし、惜しいのう……」
「諦めな。さっさとその手を下ろしてくれ」
「しかしのぅ……童の肉は柔こくての、骨は細うて食い出がないが、老体には丁度良い馳走じゃて」
墓土のような顔色の中で、白く濁った目玉が爛々と光り、ニタァと嗤った口からは漆喰のように白い歯がずらりと覗いていた。
こりゃマズイ。
もう何も言わずに背を向けたんだが、そうは問屋がおろさねえよな。
めきっ
骨が軋むのと似たような音がして、担いだ小僧が振り返った。抱えてた体がみるみる強張って、
「ぎょえええええええ!?!?」
うるさかった。
「耳元で叫ぶな!?目立つ真似してんじゃねえ!!」
「だってあれ、あれええええ!あれ!!!!」
「うるせえ分かってる!絶対見ない!!」
「いや見ろっておっさんあれ!あれ!!あれ!!!!」
「見ねえって言ってんだろチクショー!!!おれがうっかり腰抜かしたらお前もお陀仏だぞ!!」
「オッケー見んなよおっさん!!!!!」
「命令すんじゃねえくそがき!!!!!」
もう目立たないようにとかそういう問題じゃない、全速力で逃げた。
背後からは轟音が聞こえていて、市に来ていた他の妖物どもも蜘蛛の子散らすように逃げていた。
このクソガキ、鬼でも逃げるような大物にちょっかいかけやがったんかい!
正直なところ、ものすごく見捨てたかったんだ俺は。保護者のアンタには感謝してもらいたいもんだ、五体満足で送り届けてやったんだからな。
逃げ切れたのかって、そりゃこうして生きてるのが証拠だろう。
俺の仕事道具は人血が染み込んでいたからな、鬼にとっちゃなかなかの値打ち物だったらしい。
横から伸びてきたヤツデの葉より大きな黒い手、瘤だらけのそいつに、咄嗟に使い慣れた暗器をありったけ打ち込んだんだ。
驚いたように手を引っ込めたそいつは、
『おウ……』
『これは良い物じゃ』
『人の血の臭いがたんと染み込んでおる』
『かぐわしいのう……』
じゃらり、
ばぎっ、
ごりん、
『鉄でさえ、なければ、のう……』
「でかい何か」に変身したジジイが俺の暗器に気をとられてる隙に、寺を出て町に紛れ込んだ。幸いにもそこまでは追ってこなかった。
町に着けばガキの面倒見る謂れもない、その辺に放り出しておれもさっさと姿をくらました。あの寺から一刻も早く離れたかったしな。
べつに面倒見たわけでもなし、あんなちまこいガキに借りがどうとか言うつもりは俺はなかった。俺はな。
だが、実はこの騒ぎで武器をほとんど使い切ってしまって、しばらくは相当生活がキツくってなあ……。
それをどうやってか嗅ぎつけたらしくて、あの小僧会うたびに投げ銭してきやがるようになったんだ。
こちとらガキに生計の心配してもらうほど落ちぶれちゃいねえんだ、たたっ返してたんだが、小僧ムキにでもなったのかだんだん量を増やして投げつけてきやがる。
あんたが探ってたのはこの事だろう?
とんでもないどケチで有名らしいな、あの小僧は。それが投げ銭するなんて弱みでも握られてるのかーーとでも思ったか。
そこいらは何の心配もないから安心しろ、安心してこれ以上おれの周りをコソコソ探るのをやめろ。
忍術学園にチョロチョロされちゃあ商売あがったりだ。
というかそろそろ本当にあの小僧の投げ銭やめさせてくれ、銭の量が増えてきて普通に凶器の域になってきて……おい?納得するな!
やめさせろと俺は……おい!そこは涙ぐむところじゃないだろ!?
茶屋のアルバイト娘のコメント:
ハイお待ちどうさまです〜!お茶とお団子で……ゲッ土井せんせい!?
イッイヤ〜これはですねーえーと、はい?
……うわおっさん何言ったんだよあんた……。
借り作ったままにしとくとかスゲー嫌なんで。俺が卒業するまでに絶対このゼニの束受け取らせてやんよぉ!
はああ?何言ってんのおっさん一時期はそのガキ以下の生活してたの俺知ってんだぜぇ?
小銭稼ぎの仕事に関しちゃこの天才アルバイターきりちゃんの情報網は天下一品。
わかったらオラ受け取りやがれおっさん!いい加減!クラァ待てい!
そう目くじらを立てないでもらおうか。あんたが思うような事じゃない。
信用はできんだろうが……
……仕方ない、話してやろう。
だからそう、殺気を向けんでくれるかな。
あれは、いつだったか……あのガキんちょがこんなちっこかった頃だ。
ある時、町外れの破れ寺に出向く用事があってな。
忍びの務めだ、内容は聞いてくれるなよ。
日がとっぷり暮れてから、夜道を明かりを持たずに歩いていた。
朧月夜だったが、道を行くのに支障はなかった。
寺についてすぐ、やたらと賑やかなのに気付いた。
破れ寺で騒ぐ奴らにろくな連中がいないのは、あんたも知っているだろう。
山賊か俺たちのような人目はばかる者共か、ああ、宿なしの旅人が集まる事もあるか……。
しかしな先生よ、この時騒がしかったのは朽ち果てそうな寺そのものじゃなく、その境内だった。まァフツーに考えて賊だわな。だろう?旅人なら次の日に備えて屋根の下で体を休めるのが普通だ。
これじゃあ用事を済ませるのは無理だなとは思ったが、一応確認はしとかなきゃならんだろ?
気配を消して木立の中から窺ってみたんだが、なんだか奇妙でなあ。
小さいながらそこで市のようなものが開かれている、ようだった……な。
確か、そうだ、ゴザがいくつも敷かれて、その上で品を並べて座る影がいくつもあった。
市が開かれてる場所は妙に薄暗くて、人相まではよく見えなかった。
どこからともなく客が現れては物売りとやりとりしているのが見えたが、やはり暗くてよく見えない。
……なんだ、あんたせっかちだな。少しは話に付き合えよ。
誰かに話そうにも話せなかったんだ、いいだろう少しくらいは。心の狭い男は嫌われるって言うぞ。
……あんた結構辛辣だな……。
わかったよ、結論から言ってやるからそう凄むなって。
それはな、鬼どもの開いた市だったのさ。
変に闇が濃くてどうにも見えなかったんで、変装して潜り込んでみたんだ。
最初にすれ違ったやつの額に、立派なツノが生えてた時の俺の気持ちを考えてみろよ。
(ヤバイところに入っちまったーーーー!!)
不審に思われちゃマズイってのもすぐわかった、なんせ最初に見えたゴザの上で売られてたのが人間の生首だったからな。
そこの肉売り……人肉売りの男は顔が牛でな。そう、牛だ。田畑耕すのに居なくちゃならん畜生の、牛だ。体は人だった。
そいつは牛の顔してるくせに肉食らしく、人の腕らしきもんをボリボリ喰っていた。
「おう、喰らうのを止めねば売り物がなくなってしまう。しかし美味いのう、止められぬ」
ぶおう、おうと鳴きながらそいつが齧ってた生首は見覚えがあった。
そこでおれは、用事が果たせなくなったことに気付いた。ついでに火急的速やかに場を離れるべきだともな。……。
……察したようだな。ようは、取引相手だったのさ、喰われてたのは。
幸いにして、おれはその時もこの……覆面をしていたから、すぐに人間だとはバレなかったらしい。が、おれが前を通った後、その牛頭のやつが鼻をヒクつかせておれの方を見やがったのが分かった。
あんなおぞましい目で見られたのは初めてだ、背中が一気に粟立った。
元来た道を戻ればあの牛頭の前を通ることになる。速やかにこの場から出たいが、引き返すことはできなくなった。
なるべく冷静に、不自然でない早足で鬼の市を歩いたが、いや、やつらのモノの価値っていうのは本当にわからんな。
人間の一部を売ってるやつが多かったのは確かだが、同じくらい妖怪の一部っぽいものも多かったし、奴らには仲間意識ってもんがないのかね。獣の化生は一族ごとに仲が悪いと聞いたこともある、人間のように化け物の世界も戦さの世……だったりしてな。
他には、都の姫が身につけるような恐ろしく繊細な品や、一国の殿だって持ってないような尋常じゃない細工もあったが、ごくごく一部だ。
なんだかよく判らんモノを売ってるやつも多かったが、立ち止まって聞くなんて悠長な事態でもない。いや、そりゃ気にはなったが、命あっての物種だ。
店番してるのは基本顔が化け物だ、なのに着物だけは一丁前に人間と同じようなもん着てるからよ、違和感がすごい。異様にデカかったりちまっこかったり、人間じゃあり得ない体格してるのも多かった。
すれ違う奴らも似たようなもんだ、鬼どもの市なんだからな。
ぶつかって因縁つけあってるようなのもいて、人間と似たようなことしてるんだな……と思ったら本性を現しての取っ組み合いになって野次馬がやってきたりな。取っ組み合いで千切れて吹っ飛んだ妖怪の足は、野次馬が素早くキャッチしてその場で貪り食っていた。もちろん野次馬も人間は一人もいない。一見人間っぽいのでも目が多かったり牙が生えてたりなぁ……。
もうとにかく一生ぶんってくらいの人外をそこで見た。地獄の一丁目に紛れ込んじまったかと、背筋が冷えっぱなしだったぜ。
そこで、まあ、なあ……。聞こえてきたんだ。
ガキの声だ。
そう、あんたんとこの小僧だ。
なんともまあ威勢良く値切りしてやがって、先生よ、あんたどういう教育してんだい。
頭痛えって顔してんなあ……俺もあの時そんな気分だったぜ。
そうだよ、目口鼻が異様にでかい爺さんの前で声張り上げてたガキはな。
どーもなんか見覚えのある……忍術学園とかでチラホラ見たことのある三人組のな、一人だったわけだ。
「だからぁ!もーーーちょい負けてくれりゃこっちも買えるんだってェ、おっさんにも悪い話じゃないだろ?おっさんい〜もの売ってるからどーーしても欲しいんだけど、あとほんのちょーーっと足りないんだよ、だからさ〜おっさんの心の広さ深さ懐の大きさってのをここは見せて欲しいな〜なんて思っちゃうわけでさー俺も明日のメシに困るけどこれはできれば欲しいカナーみたいなさ〜?ちっとここは大人の度量見せてほしいなーー!みたいなさ〜、いやほんとおっさんすげーいいもの売ってるからさーおばちゃんたちにもバシッと売り込んできてあげるからよ〜ほんとよ?おれおばちゃんたちからアルバイト仕事もらうからよ、ツテあるんだぜ!売り込みならこの天才アルバイターきりちゃんにお任せ!ってね!な?だからよあとちぃーっとだけおまけしてちょ?」
(うわあの小僧なんてことしてやがるんだ命がいらんのか)
そのガキンチョはなあ、どう見ても人間じゃなさそうなやつ相手に、こともあろうか揉み手で擦り寄りながら値切りしてたんだ。
末おっそろしいガキだ……。あんたほんと教育考え直した方がいいと思うぞ。
がきに擦り寄られてる爺さんは目つきがどうも怪しくて、小僧の手足やらをチラチラとまあ、家畜の肉付きを見るような感じと言えば分かるか。
小僧もはしこいくせに目が銭にくらんでやがって、こりゃヤバイと思ったわけだ。
流石に顔見知りの子供が頭からバリボリ喰われるのは寝覚めが悪い。
「連れが悪いな、じいさん」
「エッ、あっ!あんた!おっさん!凄腕モゴッ」
首根っこ掴んで持って行こうとしたら、そのジジイが異様に素早く小僧の足を掴んでな、
「オやぁ……せっかくの良い取引を潰されては困りますなァ。断り賃をいただきませんとなあ」
ジジイの手は節が奇妙に骨ばって爪がやたらと鋭く、小僧もようやく異様さに気付いたのか大人しかった。
「あんたはそもそもこいつと取引なんぞする気はなかっただろ。ガキの戯言を本気にしちゃあいねえだろうな?」
「ふうむ、しかし、惜しいのう……」
「諦めな。さっさとその手を下ろしてくれ」
「しかしのぅ……童の肉は柔こくての、骨は細うて食い出がないが、老体には丁度良い馳走じゃて」
墓土のような顔色の中で、白く濁った目玉が爛々と光り、ニタァと嗤った口からは漆喰のように白い歯がずらりと覗いていた。
こりゃマズイ。
もう何も言わずに背を向けたんだが、そうは問屋がおろさねえよな。
めきっ
骨が軋むのと似たような音がして、担いだ小僧が振り返った。抱えてた体がみるみる強張って、
「ぎょえええええええ!?!?」
うるさかった。
「耳元で叫ぶな!?目立つ真似してんじゃねえ!!」
「だってあれ、あれええええ!あれ!!!!」
「うるせえ分かってる!絶対見ない!!」
「いや見ろっておっさんあれ!あれ!!あれ!!!!」
「見ねえって言ってんだろチクショー!!!おれがうっかり腰抜かしたらお前もお陀仏だぞ!!」
「オッケー見んなよおっさん!!!!!」
「命令すんじゃねえくそがき!!!!!」
もう目立たないようにとかそういう問題じゃない、全速力で逃げた。
背後からは轟音が聞こえていて、市に来ていた他の妖物どもも蜘蛛の子散らすように逃げていた。
このクソガキ、鬼でも逃げるような大物にちょっかいかけやがったんかい!
正直なところ、ものすごく見捨てたかったんだ俺は。保護者のアンタには感謝してもらいたいもんだ、五体満足で送り届けてやったんだからな。
逃げ切れたのかって、そりゃこうして生きてるのが証拠だろう。
俺の仕事道具は人血が染み込んでいたからな、鬼にとっちゃなかなかの値打ち物だったらしい。
横から伸びてきたヤツデの葉より大きな黒い手、瘤だらけのそいつに、咄嗟に使い慣れた暗器をありったけ打ち込んだんだ。
驚いたように手を引っ込めたそいつは、
『おウ……』
『これは良い物じゃ』
『人の血の臭いがたんと染み込んでおる』
『かぐわしいのう……』
じゃらり、
ばぎっ、
ごりん、
『鉄でさえ、なければ、のう……』
「でかい何か」に変身したジジイが俺の暗器に気をとられてる隙に、寺を出て町に紛れ込んだ。幸いにもそこまでは追ってこなかった。
町に着けばガキの面倒見る謂れもない、その辺に放り出しておれもさっさと姿をくらました。あの寺から一刻も早く離れたかったしな。
べつに面倒見たわけでもなし、あんなちまこいガキに借りがどうとか言うつもりは俺はなかった。俺はな。
だが、実はこの騒ぎで武器をほとんど使い切ってしまって、しばらくは相当生活がキツくってなあ……。
それをどうやってか嗅ぎつけたらしくて、あの小僧会うたびに投げ銭してきやがるようになったんだ。
こちとらガキに生計の心配してもらうほど落ちぶれちゃいねえんだ、たたっ返してたんだが、小僧ムキにでもなったのかだんだん量を増やして投げつけてきやがる。
あんたが探ってたのはこの事だろう?
とんでもないどケチで有名らしいな、あの小僧は。それが投げ銭するなんて弱みでも握られてるのかーーとでも思ったか。
そこいらは何の心配もないから安心しろ、安心してこれ以上おれの周りをコソコソ探るのをやめろ。
忍術学園にチョロチョロされちゃあ商売あがったりだ。
というかそろそろ本当にあの小僧の投げ銭やめさせてくれ、銭の量が増えてきて普通に凶器の域になってきて……おい?納得するな!
やめさせろと俺は……おい!そこは涙ぐむところじゃないだろ!?
茶屋のアルバイト娘のコメント:
ハイお待ちどうさまです〜!お茶とお団子で……ゲッ土井せんせい!?
イッイヤ〜これはですねーえーと、はい?
……うわおっさん何言ったんだよあんた……。
借り作ったままにしとくとかスゲー嫌なんで。俺が卒業するまでに絶対このゼニの束受け取らせてやんよぉ!
はああ?何言ってんのおっさん一時期はそのガキ以下の生活してたの俺知ってんだぜぇ?
小銭稼ぎの仕事に関しちゃこの天才アルバイターきりちゃんの情報網は天下一品。
わかったらオラ受け取りやがれおっさん!いい加減!クラァ待てい!
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