嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2014/10/01 [00:33:25] (Wed)
やっ、ただいま。
いや~今回の買い出しも大変だったね~。
うん?薬は無事だよ。後輩も無事、ぼくも無事。
ただ、服がねえ……。まあ、怪我するよりはましだけれどね。
そういえば、ちょっと前の買い出しじゃあ、引っかかる事があってね。
うん、なんだろう、腑に落ちないというか。
それがねえ。
その日は数馬と二人で買い出しに行ったんだ。いつもの、備品の薬の材料の買い出しさ。
後輩に薬の見分け方とか値切り方とか、教えなくちゃならないからね。最近はけっこう数馬を連れて行ってるんだ。
で、その日は品揃えの良い、流しの薬屋さんに会う事が出来てね。
ちょっとワケあり風で、数馬もなんだか気にしてるみたいだったけど、とにかく品揃えが凄くてねぇ。
ついつい粘っちゃったんだよね。
ん、いや大丈夫だと思うよ。忍者って感じではなかったしね。
客寄せの為だと思うけど、すっごく奇抜で派手な格好してたんだもの。あれじゃあ目立って目立って、顔だってすぐ覚えられちゃうよ。忍者だとしたら仕事にならないね。
うんまあ、薬屋さんの事はいいんだ。
ちょっと入手ルートは気になったけど、珍しい物たくさん売ってもらえたしね。
で、ほくほくしながら帰ってたんだけどね?
知ってるでしょ、僕たち保健委員の別名。幸運あれば不運あり。不運は不運を呼ぶ。
幸運の後には不運が来るものなんだ。僕たちはいつにも増して警戒して歩いてた。襲い来る不運に備えてね。
折角買った薬が学園に着くまでにおじゃんになるなんて、あり得る話すぎて冗談にもならないからね、ふふふ……。保健委員やってれば必ず経験する事さ……。
雨に備えて防水仕様の小さい行李を持っていったし、山賊に備えて武器も持った。金楽時のお守りに願掛けして、生物委員会に頼み込んで獣除けの匂袋も作ってもらった。
……それでも何回かは転んだし、丸太が落ちてくる事もあったし、猫には威嚇されて襲われて、犬にも追いかけられたけどね。猪と鴉が出なかっただけマシかな。
「ここまでは順調ですね、先輩!」
「そうだね。僕たちはともかく、薬は無事だ」
ぼくたちは土埃と引っかき傷で汚れた顔を見合わせて無事を喜んだ。
だけどこの時、僕たちの頭上に暗雲が立ち込める……文字通り雲がかかってきてね、雨が降り始めた。
そう。マズいんだよ。
帰り道の途中に川があるから。
普段はほら、踝よりちょっと上くらいまでしか水嵩はない川だけど、雨の降り方によっては氾濫して通れなくなるかもしれないしさ。
ちょっと急いで行ったんだけど、まだ水嵩は増えてなかったから僕たちはほっと胸を撫で下ろした。
小雨が霧みたいになってて視界は悪かったけど、少し離れたところに笠と蓑を着た人が何人か立ってるのが見えた。
で、妙な音も地鳴りもしない、水も濁ってない、今の内なら鉄砲水もないだろうって思って、ひょいひょいっと渡ったんだ。
勿論、人が居るんだし忍者だってバレないようにはしたさ。身軽すぎてもいけないもんね。
で、渡りきった、と思った瞬間だよ。
物凄まじい轟音が上がった。
――ぼくたちのすぐ、後ろから。
驚いて振り向いたすぐそこには、普段の水量の何十倍だろう、渦巻き暴れる濁流が流れてた。圧倒的だったよ、流れに一歩でも踏みこんだら、どんな泳ぎの名手でも生きては帰れないだろう。
思わず呆気にとられるぼくたちの、踵すれすれまで茶色い水が迫っててね。
そう、鉄砲水だ!
本当に危なかったよ。
「か、間一髪……?」
「危なかったですね……」
あと一瞬遅かったら、って冷や汗をかいて……んー気付いたんだけど、ちょっとおかしい所があるんだよね。
その時は助かった!としか思わなかったんだけど……。
あれだけの轟音が上流で響いてたのに、後ろを通り過ぎるまで気付かないなんて、あると思う?大木先生に耳元で「どこんじょーだ!!」って怒鳴られた時よりすごい音だったんだよ。火縄銃を側でガンガン撃たれてるみたいなものだった。
ぼくら、忍者だよ?周囲の変化にはそこらの人よりずっと敏感じゃない。耳を塞がれてたって、風の変化とかで何かしらは感じた筈だよ。
本当、なんで気付かなかったんだろう。
気配もなく前兆もない鉄砲水なんて、これほど恐ろしいものもないよねえ。
でもその時は気付かなくて、胸を撫で下ろしていたんだけど。
視線を感じるんだ。
それも、でっかい矢印でもついてるような、じぃいいいいって効果音でもつきそうな視線さ。
危険な感じはしなかったんだけど、不審に思ってさりげなーく顔を上げたんだ。
そしたらさ……。
川の岸に、笠と蓑きた重装備の人が何人かいたって言ったでしょ?その人たちがさ。
もう、すっごい!見てくるんだよ!
くわっ!て目ぇ見開いてさ、あり得ないもの見た!って顔にでかでかと書かれてるの!
顎をこう、かっくーんとね、落としててさ!顎が外れそうな顔ってあんなにまじまじ見たの初めてだったかもしれないなあ。
それで何か呟いてるんだけど、雨は土砂降りになってたし川の音が轟々うるさくて聞こえなくてね。
どうしたのかな、って数馬と顔を見合わせて、声かけようと思って近付いてったんだ。
ねえ、その人たち、なんて言ってたと思う?
「よ、妖怪……?」
「雨童……?」
あっこれやな予感。
数馬が一瞬で悟ったみたいな顔してたのが衝撃的だったけど、たぶんぼくもおんなじような顔してたと思うな。
ええそりゃもう、誤魔化し笑い浮かべて迅速に撤収しましたとも。
最後まで突き刺さる視線がすごく痛かったよ……。
ああそういえば、もう一個気になる事があるんだ。
蓑と笠きた人たち、まるで水嵩がどこまで増えるのか分かってたみたいに、最初から川から離れて立ってたんだよ。だから、鉄砲水が来る前と後じゃあ、全く立ち位置が変わっていなかった。
……それに、鉄砲水が来る前はそんな土砂降りでもなかったのに、まるで大雨が降っている時みたいに声を張り上げて会話してたんだ。足元は泥だらけで、泥で滑らないよう滑り止めの縄をしっかり巻いて……。
よくよく考えてみれば、鉄砲水が来た直前に土砂降りが始まるっていうのもちょっとタイミングが良すぎる気がするんだよねえ。……おかしいことばっかりだ。
なんだろうねぼくたち、何かに化かされてたのかな……。
あ、うん大丈夫。ちょっと疲れただけだよ。
まあでも、薬は全部無事だったしね。買い出しとしちゃあ上々だった事には違いないさ。
うん、数馬もぼくもがんばった!ぼくはこれで充分だ。
でも一応、金楽時で後輩全員分のお守りもらってこようかな……。
同室のコメント
留三郎:
お前ら、なんだかんだいって結構逞しいよな。
そういやあ、そこの小川っていえばこんな噂を聞いてな。
なんでも、妖怪が出たんだと。
人はおろか馬でも渡れないような濁流の上を、そいつらは天狗のようにひらりひらりと渡って行ったそうだ。
二人の少年の姿をしてたって話だが……今の伊作の話を聞いて、確かにちょいと気になる……おいどうした、遠い目してんぞ。
あ?お前ら?
あーハイハイ知ってる知ってる。お前が人間なのは俺が保証すっから心配すんな。
お前ら保健委員はヘンなヤツに好かれるからなァ、どーせ妖しの類にでも憑かれたんだろ。
よかったじゃねえか早く帰れて。だろ?
だいたいお前、コーちゃんに髪が生えた時にも気味悪がるどころか大喜びしてたじゃねーか。んな神経図太すぎてオカシイ奴が今更何を心配してんだよ、ばーか。
……ん、んん?伊作さん?
ど、どうした。落ち着け。落ち着いて、その手に持った扇を下ろせ。な? なっ??
やっ、ただいま。
いや~今回の買い出しも大変だったね~。
うん?薬は無事だよ。後輩も無事、ぼくも無事。
ただ、服がねえ……。まあ、怪我するよりはましだけれどね。
そういえば、ちょっと前の買い出しじゃあ、引っかかる事があってね。
うん、なんだろう、腑に落ちないというか。
それがねえ。
その日は数馬と二人で買い出しに行ったんだ。いつもの、備品の薬の材料の買い出しさ。
後輩に薬の見分け方とか値切り方とか、教えなくちゃならないからね。最近はけっこう数馬を連れて行ってるんだ。
で、その日は品揃えの良い、流しの薬屋さんに会う事が出来てね。
ちょっとワケあり風で、数馬もなんだか気にしてるみたいだったけど、とにかく品揃えが凄くてねぇ。
ついつい粘っちゃったんだよね。
ん、いや大丈夫だと思うよ。忍者って感じではなかったしね。
客寄せの為だと思うけど、すっごく奇抜で派手な格好してたんだもの。あれじゃあ目立って目立って、顔だってすぐ覚えられちゃうよ。忍者だとしたら仕事にならないね。
うんまあ、薬屋さんの事はいいんだ。
ちょっと入手ルートは気になったけど、珍しい物たくさん売ってもらえたしね。
で、ほくほくしながら帰ってたんだけどね?
知ってるでしょ、僕たち保健委員の別名。幸運あれば不運あり。不運は不運を呼ぶ。
幸運の後には不運が来るものなんだ。僕たちはいつにも増して警戒して歩いてた。襲い来る不運に備えてね。
折角買った薬が学園に着くまでにおじゃんになるなんて、あり得る話すぎて冗談にもならないからね、ふふふ……。保健委員やってれば必ず経験する事さ……。
雨に備えて防水仕様の小さい行李を持っていったし、山賊に備えて武器も持った。金楽時のお守りに願掛けして、生物委員会に頼み込んで獣除けの匂袋も作ってもらった。
……それでも何回かは転んだし、丸太が落ちてくる事もあったし、猫には威嚇されて襲われて、犬にも追いかけられたけどね。猪と鴉が出なかっただけマシかな。
「ここまでは順調ですね、先輩!」
「そうだね。僕たちはともかく、薬は無事だ」
ぼくたちは土埃と引っかき傷で汚れた顔を見合わせて無事を喜んだ。
だけどこの時、僕たちの頭上に暗雲が立ち込める……文字通り雲がかかってきてね、雨が降り始めた。
そう。マズいんだよ。
帰り道の途中に川があるから。
普段はほら、踝よりちょっと上くらいまでしか水嵩はない川だけど、雨の降り方によっては氾濫して通れなくなるかもしれないしさ。
ちょっと急いで行ったんだけど、まだ水嵩は増えてなかったから僕たちはほっと胸を撫で下ろした。
小雨が霧みたいになってて視界は悪かったけど、少し離れたところに笠と蓑を着た人が何人か立ってるのが見えた。
で、妙な音も地鳴りもしない、水も濁ってない、今の内なら鉄砲水もないだろうって思って、ひょいひょいっと渡ったんだ。
勿論、人が居るんだし忍者だってバレないようにはしたさ。身軽すぎてもいけないもんね。
で、渡りきった、と思った瞬間だよ。
物凄まじい轟音が上がった。
――ぼくたちのすぐ、後ろから。
驚いて振り向いたすぐそこには、普段の水量の何十倍だろう、渦巻き暴れる濁流が流れてた。圧倒的だったよ、流れに一歩でも踏みこんだら、どんな泳ぎの名手でも生きては帰れないだろう。
思わず呆気にとられるぼくたちの、踵すれすれまで茶色い水が迫っててね。
そう、鉄砲水だ!
本当に危なかったよ。
「か、間一髪……?」
「危なかったですね……」
あと一瞬遅かったら、って冷や汗をかいて……んー気付いたんだけど、ちょっとおかしい所があるんだよね。
その時は助かった!としか思わなかったんだけど……。
あれだけの轟音が上流で響いてたのに、後ろを通り過ぎるまで気付かないなんて、あると思う?大木先生に耳元で「どこんじょーだ!!」って怒鳴られた時よりすごい音だったんだよ。火縄銃を側でガンガン撃たれてるみたいなものだった。
ぼくら、忍者だよ?周囲の変化にはそこらの人よりずっと敏感じゃない。耳を塞がれてたって、風の変化とかで何かしらは感じた筈だよ。
本当、なんで気付かなかったんだろう。
気配もなく前兆もない鉄砲水なんて、これほど恐ろしいものもないよねえ。
でもその時は気付かなくて、胸を撫で下ろしていたんだけど。
視線を感じるんだ。
それも、でっかい矢印でもついてるような、じぃいいいいって効果音でもつきそうな視線さ。
危険な感じはしなかったんだけど、不審に思ってさりげなーく顔を上げたんだ。
そしたらさ……。
川の岸に、笠と蓑きた重装備の人が何人かいたって言ったでしょ?その人たちがさ。
もう、すっごい!見てくるんだよ!
くわっ!て目ぇ見開いてさ、あり得ないもの見た!って顔にでかでかと書かれてるの!
顎をこう、かっくーんとね、落としててさ!顎が外れそうな顔ってあんなにまじまじ見たの初めてだったかもしれないなあ。
それで何か呟いてるんだけど、雨は土砂降りになってたし川の音が轟々うるさくて聞こえなくてね。
どうしたのかな、って数馬と顔を見合わせて、声かけようと思って近付いてったんだ。
ねえ、その人たち、なんて言ってたと思う?
「よ、妖怪……?」
「雨童……?」
あっこれやな予感。
数馬が一瞬で悟ったみたいな顔してたのが衝撃的だったけど、たぶんぼくもおんなじような顔してたと思うな。
ええそりゃもう、誤魔化し笑い浮かべて迅速に撤収しましたとも。
最後まで突き刺さる視線がすごく痛かったよ……。
ああそういえば、もう一個気になる事があるんだ。
蓑と笠きた人たち、まるで水嵩がどこまで増えるのか分かってたみたいに、最初から川から離れて立ってたんだよ。だから、鉄砲水が来る前と後じゃあ、全く立ち位置が変わっていなかった。
……それに、鉄砲水が来る前はそんな土砂降りでもなかったのに、まるで大雨が降っている時みたいに声を張り上げて会話してたんだ。足元は泥だらけで、泥で滑らないよう滑り止めの縄をしっかり巻いて……。
よくよく考えてみれば、鉄砲水が来た直前に土砂降りが始まるっていうのもちょっとタイミングが良すぎる気がするんだよねえ。……おかしいことばっかりだ。
なんだろうねぼくたち、何かに化かされてたのかな……。
あ、うん大丈夫。ちょっと疲れただけだよ。
まあでも、薬は全部無事だったしね。買い出しとしちゃあ上々だった事には違いないさ。
うん、数馬もぼくもがんばった!ぼくはこれで充分だ。
でも一応、金楽時で後輩全員分のお守りもらってこようかな……。
同室のコメント
留三郎:
お前ら、なんだかんだいって結構逞しいよな。
そういやあ、そこの小川っていえばこんな噂を聞いてな。
なんでも、妖怪が出たんだと。
人はおろか馬でも渡れないような濁流の上を、そいつらは天狗のようにひらりひらりと渡って行ったそうだ。
二人の少年の姿をしてたって話だが……今の伊作の話を聞いて、確かにちょいと気になる……おいどうした、遠い目してんぞ。
あ?お前ら?
あーハイハイ知ってる知ってる。お前が人間なのは俺が保証すっから心配すんな。
お前ら保健委員はヘンなヤツに好かれるからなァ、どーせ妖しの類にでも憑かれたんだろ。
よかったじゃねえか早く帰れて。だろ?
だいたいお前、コーちゃんに髪が生えた時にも気味悪がるどころか大喜びしてたじゃねーか。んな神経図太すぎてオカシイ奴が今更何を心配してんだよ、ばーか。
……ん、んん?伊作さん?
ど、どうした。落ち着け。落ち着いて、その手に持った扇を下ろせ。な? なっ??
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