嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2014/08/26 [21:22:04] (Tue)
ふむ……あれは何時の事であったかな。
鉢屋と二人で実習に出た時の事だ。
潜入する必要があってな、二人ともおなごに化けていた。
鉢屋の変装術は間近で見ていて実に参考になるな。流石は千の顔を持つと言われる男だ。
小物と表情一つで別人に化ける。彼奴の先が恐ろしいな、くく。
まさに化け術よ。
……何を言う、私とて他人を褒める事くらいあろう?
なに?私が手放しで褒めると企みの一つでもありそうだと?
ほう……ならば期待に応えなければなるまい。文次郎、貴様よもや逃げはすまいな。
話を戻そうか。
目的を達し、地下牢に放り込まれた時のことよ。
女に化けていたせいかな、あまり手荒な事はされなかった。
背中合わせに縛られ、見張りが灯りを持ち去ると、そこは正に一寸先も見えぬ闇になった。
光の見えぬ地下牢に一晩置き去りにされれば、おなごの事だ、根を上げるとでも思ったのだろう。
だが、忍の我々には暗闇は親しき友、恐れる程の事もない。
「暗いわね……」(鉢屋、縄は)
「そうね……怖いわ」(楽勝ですね。先輩、右手だけ抜けられます?)
「せめて灯りが欲しいわ……」(少々待て)
忍を使っているという情報はなかったが、念の為矢羽音で会話していた。
鉢屋が簪に仕込んだしころで縄を切っている間、暇だった私は怯える儚げな美女の練習に集中することにした。
「嫌だわ……なんだか寒い……。恐ろしくて涙が出そう……」
表情のほとんど見えない暗闇でのことだ、声に情感が籠っていなければ、真実味を出すことはできん。
「どうして……どうしてこんな事に?……はあ……」
設定は、濡れ衣を着せられて混乱と悲しみに身を沈めながらも自分を保とうと健気に頑張っている儚い美女だ。
鉢屋も俯きながら震えて混乱しているように見せかけていたが、……恐らくあれは笑いを堪えていたな。
私の渾身の演技を笑うとは鉢屋も図太くなったものだ。
震えながらも手だけは正確に縄を切っていたのは流石と言うべきなのか、呆れるべきなのか……まあ、味方であるうちは呆れておこうか。
そうして緊張感なく脱出の算段を立てていた我々だったが、ふと、風が吹いたのに気付いた。
そう。……密閉空間であるはずの地下牢の中で、だ。
妙に生暖かい風であったよ。
それから、ゆぅっくりと……白い靄が我々を取り囲んだ。
「え……っな、なに……?」(先輩。幻術の可能性は)
「なぁに、なんなの……っ」(分からん。歯を食い縛れ)
「えっ」
私は背後の鉢屋に後頭部で頭突きをかました。
……言っておくが正当な行為だぞ?幻術から逃れるには、完全にハマる前に強いショックを与えると、抜け出す事が出来る場合がある。
っふ、まあ、先からずっと笑いを堪えていた鉢屋に灸をすえる気がなくもなかったがな。
「い゛っ、……いたい……っ!」(……言いたい事はすごくありますが幻術じゃないようデスネ)
うっかり男臭い悲鳴を上げそうになって、慌ててか細い声に切り替えた鉢屋はなかなかに愉快であったよ。
私が鉢屋で遊んでいる間にもか弱い女二人を取り囲む白いモノは増えてゆき、段々と輪郭をはっきりさせつつあった。
『お゛ォ……にくやァ……』『かえせェ……もどせェ……』『あ゛ああぁ……あ゛あああ゛あぁ……』『恨みますぞ……大殿……恨みまするぞ……』『にくや』『にくや』『にくや』『にくや』『いィ~……ひぃい~……いィいああ゛~……』『うぅううううう……よぐもぅううううう……よくも』『いやだァあああ、いやだァああああああ……ぁあああうああ゛……』『どうして……どうして……どうして』『呪ってやる……末代まで祟ってくれるゥ……』
「ひぃっ……!」
「た、助けてぇええ!」
ん?
無論、演技は続けていたぞ?
(さて、どうする)
(なんでそんな冷静なんです先輩)
(根性論はあまり好きではないが、あんなものは気合いだ。小平太が良い例だろう)
(嫌ですけど凄く納得しました)
(ふむ、無視して出ても構わんのだが……)
(憑いてきそうな奴がいる、でしょう?)
(察しが良いな。流石、普段から他人を観察し慣れているだけある)
(アレもかつてはヒトですからね。読みとるのは容易いですよ)
そこで我々は一計を案じた。
白いモノたち……そうさな、基本的に血塗れ、未練のあまりの凄まじい形相も多かった。それらは女二人を取り囲み、尋常でない光を湛えた眼で見下ろして来ていた。
女二人はじりじりと入口の方に追い詰められ、ついには格子に縋って泣き出してしまった。
『あわれな……』『こっちにこい』『恨め』『にくらしやァ……』『いこう』『共に』『我らと』『こちらに』『仲間に』『こい』
ゆっくりと侍の一人が女たちに手を伸ばし、囁くと、女たちの啜り泣きが止まった。
「仲間って……」
顔を覆っていた袖を外し、二人揃って殊更にゆっくりと振り向く。
「「こういう事かいィ?」」
振り向いた女たちには。
――顔が、なかった。
異様なほどのっぺりとしたその顔には、目も、鼻も、口も、ない。
否。口は――ある。
ぴしりと面に亀裂が入るように開いた口の中、黒く不気味に艶光る歯が、大きく晒される。
「「げらげらげらげらげらげら!!!!」」
カクカクと人形のように首を揺らしながら、化け物二人は地下牢中に響くような哄笑を上げた。
……とまあ、そう言う事の次第であった、というわけだ。どうした文次郎、そんなに後ずさって?
くくっ、そんなに迫真だったか。
その死人どもも、文次郎、お前と同じような……否、お前よりも愉快な反応をしてくれてな。逃げだしたり腰を抜かしたり……鉢屋と二人、声に出さずに笑いながら城をあとにしたものだ。
何だ?……私と鉢屋が組んだ挙句の悪戯に遭った霊が憐れだと、そう言うのか。
くく、学園で私と鉢屋が組んだ場合、ほぼ確実にお前に被害が行くからな。思わず同情した、か?
安心しろ文次郎。あんな死人どもよりお前をおちょくる方が万倍は楽しいぞ。
だが、まぁ……後にも先にも、腰を抜かした幽霊の姿なぞそうそう見られんであろうなぁ……くくっ。
後輩のコメント
鉢屋:
ああ、なかなか面白かったですよ、アレは。
幽霊がおどかされてどうするんだって話です。
腰抜かしたやつの中には落ち武者っぽいのも居ましてね、侍がそれって!お家が泣きますよ……ぶふっ。
もう帰りの道中笑い堪えるのが大変で大変で。
あの城、潜入前から幽霊の噂結構あったんですが、アレ以来ほとんどなくなったそうですよ。
怖くなかったのかって、そりゃあ……正直なところ、怖かったですがね。
それより立花先輩が……。あー、なんて言いますか。
あの実習の中で何が一番怖かったって、立花先輩が妙に俺を褒めてきた事なんですよ。
何か企んでんじゃないかって……先輩もそう思うでしょう?
いやぁしかし腰抜け落ち武者連中のたまげた顔と来たら!癖になりそうですよ、お化けの変装するの。
学園祭とかがあればお化け屋敷の提案をするんですがねぇ。
……いやだなあ先輩、誰も、学園長そそのかそうなんて言ってませんよ?
まだ。
ふむ……あれは何時の事であったかな。
鉢屋と二人で実習に出た時の事だ。
潜入する必要があってな、二人ともおなごに化けていた。
鉢屋の変装術は間近で見ていて実に参考になるな。流石は千の顔を持つと言われる男だ。
小物と表情一つで別人に化ける。彼奴の先が恐ろしいな、くく。
まさに化け術よ。
……何を言う、私とて他人を褒める事くらいあろう?
なに?私が手放しで褒めると企みの一つでもありそうだと?
ほう……ならば期待に応えなければなるまい。文次郎、貴様よもや逃げはすまいな。
話を戻そうか。
目的を達し、地下牢に放り込まれた時のことよ。
女に化けていたせいかな、あまり手荒な事はされなかった。
背中合わせに縛られ、見張りが灯りを持ち去ると、そこは正に一寸先も見えぬ闇になった。
光の見えぬ地下牢に一晩置き去りにされれば、おなごの事だ、根を上げるとでも思ったのだろう。
だが、忍の我々には暗闇は親しき友、恐れる程の事もない。
「暗いわね……」(鉢屋、縄は)
「そうね……怖いわ」(楽勝ですね。先輩、右手だけ抜けられます?)
「せめて灯りが欲しいわ……」(少々待て)
忍を使っているという情報はなかったが、念の為矢羽音で会話していた。
鉢屋が簪に仕込んだしころで縄を切っている間、暇だった私は怯える儚げな美女の練習に集中することにした。
「嫌だわ……なんだか寒い……。恐ろしくて涙が出そう……」
表情のほとんど見えない暗闇でのことだ、声に情感が籠っていなければ、真実味を出すことはできん。
「どうして……どうしてこんな事に?……はあ……」
設定は、濡れ衣を着せられて混乱と悲しみに身を沈めながらも自分を保とうと健気に頑張っている儚い美女だ。
鉢屋も俯きながら震えて混乱しているように見せかけていたが、……恐らくあれは笑いを堪えていたな。
私の渾身の演技を笑うとは鉢屋も図太くなったものだ。
震えながらも手だけは正確に縄を切っていたのは流石と言うべきなのか、呆れるべきなのか……まあ、味方であるうちは呆れておこうか。
そうして緊張感なく脱出の算段を立てていた我々だったが、ふと、風が吹いたのに気付いた。
そう。……密閉空間であるはずの地下牢の中で、だ。
妙に生暖かい風であったよ。
それから、ゆぅっくりと……白い靄が我々を取り囲んだ。
「え……っな、なに……?」(先輩。幻術の可能性は)
「なぁに、なんなの……っ」(分からん。歯を食い縛れ)
「えっ」
私は背後の鉢屋に後頭部で頭突きをかました。
……言っておくが正当な行為だぞ?幻術から逃れるには、完全にハマる前に強いショックを与えると、抜け出す事が出来る場合がある。
っふ、まあ、先からずっと笑いを堪えていた鉢屋に灸をすえる気がなくもなかったがな。
「い゛っ、……いたい……っ!」(……言いたい事はすごくありますが幻術じゃないようデスネ)
うっかり男臭い悲鳴を上げそうになって、慌ててか細い声に切り替えた鉢屋はなかなかに愉快であったよ。
私が鉢屋で遊んでいる間にもか弱い女二人を取り囲む白いモノは増えてゆき、段々と輪郭をはっきりさせつつあった。
『お゛ォ……にくやァ……』『かえせェ……もどせェ……』『あ゛ああぁ……あ゛あああ゛あぁ……』『恨みますぞ……大殿……恨みまするぞ……』『にくや』『にくや』『にくや』『にくや』『いィ~……ひぃい~……いィいああ゛~……』『うぅううううう……よぐもぅううううう……よくも』『いやだァあああ、いやだァああああああ……ぁあああうああ゛……』『どうして……どうして……どうして』『呪ってやる……末代まで祟ってくれるゥ……』
「ひぃっ……!」
「た、助けてぇええ!」
ん?
無論、演技は続けていたぞ?
(さて、どうする)
(なんでそんな冷静なんです先輩)
(根性論はあまり好きではないが、あんなものは気合いだ。小平太が良い例だろう)
(嫌ですけど凄く納得しました)
(ふむ、無視して出ても構わんのだが……)
(憑いてきそうな奴がいる、でしょう?)
(察しが良いな。流石、普段から他人を観察し慣れているだけある)
(アレもかつてはヒトですからね。読みとるのは容易いですよ)
そこで我々は一計を案じた。
白いモノたち……そうさな、基本的に血塗れ、未練のあまりの凄まじい形相も多かった。それらは女二人を取り囲み、尋常でない光を湛えた眼で見下ろして来ていた。
女二人はじりじりと入口の方に追い詰められ、ついには格子に縋って泣き出してしまった。
『あわれな……』『こっちにこい』『恨め』『にくらしやァ……』『いこう』『共に』『我らと』『こちらに』『仲間に』『こい』
ゆっくりと侍の一人が女たちに手を伸ばし、囁くと、女たちの啜り泣きが止まった。
「仲間って……」
顔を覆っていた袖を外し、二人揃って殊更にゆっくりと振り向く。
「「こういう事かいィ?」」
振り向いた女たちには。
――顔が、なかった。
異様なほどのっぺりとしたその顔には、目も、鼻も、口も、ない。
否。口は――ある。
ぴしりと面に亀裂が入るように開いた口の中、黒く不気味に艶光る歯が、大きく晒される。
「「げらげらげらげらげらげら!!!!」」
カクカクと人形のように首を揺らしながら、化け物二人は地下牢中に響くような哄笑を上げた。
……とまあ、そう言う事の次第であった、というわけだ。どうした文次郎、そんなに後ずさって?
くくっ、そんなに迫真だったか。
その死人どもも、文次郎、お前と同じような……否、お前よりも愉快な反応をしてくれてな。逃げだしたり腰を抜かしたり……鉢屋と二人、声に出さずに笑いながら城をあとにしたものだ。
何だ?……私と鉢屋が組んだ挙句の悪戯に遭った霊が憐れだと、そう言うのか。
くく、学園で私と鉢屋が組んだ場合、ほぼ確実にお前に被害が行くからな。思わず同情した、か?
安心しろ文次郎。あんな死人どもよりお前をおちょくる方が万倍は楽しいぞ。
だが、まぁ……後にも先にも、腰を抜かした幽霊の姿なぞそうそう見られんであろうなぁ……くくっ。
後輩のコメント
鉢屋:
ああ、なかなか面白かったですよ、アレは。
幽霊がおどかされてどうするんだって話です。
腰抜かしたやつの中には落ち武者っぽいのも居ましてね、侍がそれって!お家が泣きますよ……ぶふっ。
もう帰りの道中笑い堪えるのが大変で大変で。
あの城、潜入前から幽霊の噂結構あったんですが、アレ以来ほとんどなくなったそうですよ。
怖くなかったのかって、そりゃあ……正直なところ、怖かったですがね。
それより立花先輩が……。あー、なんて言いますか。
あの実習の中で何が一番怖かったって、立花先輩が妙に俺を褒めてきた事なんですよ。
何か企んでんじゃないかって……先輩もそう思うでしょう?
いやぁしかし腰抜け落ち武者連中のたまげた顔と来たら!癖になりそうですよ、お化けの変装するの。
学園祭とかがあればお化け屋敷の提案をするんですがねぇ。
……いやだなあ先輩、誰も、学園長そそのかそうなんて言ってませんよ?
まだ。
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