嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2010/12/27 [22:39:02] (Mon)
「憐れな……」
そしてそれを作法室から優雅に眺めている一団。
「そういえば団蔵、昨日寝てないって言ってましたぁ」
「左吉も珍しく授業中……うっいやなんでもない」
一年い組の作法委員、黒門伝七は、いつも馬鹿にしているは組の兵大夫がにやにやしながら見つめてくるのに気付き慌てて口を閉ざす。
は組でもあるまいし、成績優秀ない組の生徒が授業中うたた寝していたなど、左吉とい組のプライドにかけて漏らすわけにはいかない。特には組には。
「あの莫迦者は3日寝てないと言っていた。日に日に正視に耐えん面になってゆくな。まぁ元が元だからさして変わらんかも知れんが」
さらりと酷いことを言ってサラストナンバーワンと言われる艶めいた黒髪を揺らした作法委員長、立花仙蔵は縁側に猫のように座り込んでいた泥だらけの穴掘り小僧に視線をやる。
その眼つき、鋭くも気品のある切れ長の瞳が流れる様は年頃の女子が見れば頬を染めそうな典雅さであったが、対するは学園一の不思議ちゃんと影で囁かれる綾部喜八郎である。
熱心に何を見ているかと思えば――走り込みをする会計委員会の向かう先。
この時点で何がしかの結末に勘付いた仙蔵は傍らの兵大夫も熱心に――というよりは、わくわくと、だろうか――会計委員会を見ていることに気付いて、よれよれと走っている会計委員会の下級生に視線を戻した。
そしてまた呟く。
「憐れな……」
すっかり縁側で寛いでいる先輩後輩を背後から眺めて、三年は組の浦風藤内はこっそりとため息をついた。
一応、備品の影干しという委員会の活動をしてはいる。してはいるのだ。高価な備品もあり、更には大体一刻ごとに次の備品を干さなければならないから、こうして備品を見張っているしかないのだ。ないのだが、暇にまかせて綾部が出て行き、それに兵大夫が着いていき、泥だらけの綾部が上機嫌の兵大夫と共に帰還した時、既に作法室は寛ぎムードだった。
これでいいのか作法委員会。いや普段はきちんと仕事をしている筈だ。
なにせ顧問が斜堂先生であるからして。そして委員長が仙蔵であるからして、隙も抜け目もあり得ない。
ともかくにも寛ぎムードながらに嫌な予感を感じて兵大夫を問い詰めようとした藤内だったが、委員長の仙蔵が率先して兵大夫とからくり罠について議論し始めてしまったため、言い出すことができなかった。
代わりとばかりに綾部に訊ねようと顔を向けると、綾部はぱっと振り向いて言った。
「どうしたんだい藤内。私に惚れた?」
どこをどうやればそんな結論に至るのか、全く以て不明である。
出来ることなら綾部先輩の予習をしたい、と藤内は切実に思った。
綾部の思考回路は授業の百倍は解らない。
遠い目をして綾部とのまともな会話を諦めた藤内だったが、目的さえなければ綾部との会話は楽である。綾部はただ感性が違うだけで一応話は通じるからだ。
「惚れませんよ、またそんな泥だらけになって」
「じゃあ泥だらけじゃない私には惚れるのだね。じゃあいつも身綺麗にしておけばモッテモテだったりするの」
訂正。楽じゃなかった。
どう答えろと言うのだ。
切実に予習がしたい、藤内はそう思った。
藤内は仙蔵が面白そうにそんな彼らを見ていることには気付かなかった。
仙蔵にとって作法室はこうした後輩同士のじゃれ合い(?)を寛いで眺めていられる、一種憩いの場である。それはどの委員長も同じであろうが、後輩というのはなかなか良いものだ。
不思議と後輩というだけで守らなければならない気になる、また先輩として頼られると自然と背筋が伸び、何とはなしに誇らしい気分になる。
と、そこで仙蔵は用具委員のぬめぬめぬるぬるとした一年生を思い出してぶるっと身震いした。後輩は後輩でもあの後輩には頼られたくない。どこか私の知らない処で幸せになってくれると非常に嬉しい。湿り気ダメゼッタイ。
突然遠い目で儚く微笑んだ作法委員長に、い組の伝七は尊敬する先輩の笑みに緊張して顔を赤らめ、は組の兵大夫はつられてえへへと笑う。
所詮、お子ちゃまの感受性ではこの程度である。
保健委員会へ続く
そしてそれを作法室から優雅に眺めている一団。
「そういえば団蔵、昨日寝てないって言ってましたぁ」
「左吉も珍しく授業中……うっいやなんでもない」
一年い組の作法委員、黒門伝七は、いつも馬鹿にしているは組の兵大夫がにやにやしながら見つめてくるのに気付き慌てて口を閉ざす。
は組でもあるまいし、成績優秀ない組の生徒が授業中うたた寝していたなど、左吉とい組のプライドにかけて漏らすわけにはいかない。特には組には。
「あの莫迦者は3日寝てないと言っていた。日に日に正視に耐えん面になってゆくな。まぁ元が元だからさして変わらんかも知れんが」
さらりと酷いことを言ってサラストナンバーワンと言われる艶めいた黒髪を揺らした作法委員長、立花仙蔵は縁側に猫のように座り込んでいた泥だらけの穴掘り小僧に視線をやる。
その眼つき、鋭くも気品のある切れ長の瞳が流れる様は年頃の女子が見れば頬を染めそうな典雅さであったが、対するは学園一の不思議ちゃんと影で囁かれる綾部喜八郎である。
熱心に何を見ているかと思えば――走り込みをする会計委員会の向かう先。
この時点で何がしかの結末に勘付いた仙蔵は傍らの兵大夫も熱心に――というよりは、わくわくと、だろうか――会計委員会を見ていることに気付いて、よれよれと走っている会計委員会の下級生に視線を戻した。
そしてまた呟く。
「憐れな……」
すっかり縁側で寛いでいる先輩後輩を背後から眺めて、三年は組の浦風藤内はこっそりとため息をついた。
一応、備品の影干しという委員会の活動をしてはいる。してはいるのだ。高価な備品もあり、更には大体一刻ごとに次の備品を干さなければならないから、こうして備品を見張っているしかないのだ。ないのだが、暇にまかせて綾部が出て行き、それに兵大夫が着いていき、泥だらけの綾部が上機嫌の兵大夫と共に帰還した時、既に作法室は寛ぎムードだった。
これでいいのか作法委員会。いや普段はきちんと仕事をしている筈だ。
なにせ顧問が斜堂先生であるからして。そして委員長が仙蔵であるからして、隙も抜け目もあり得ない。
ともかくにも寛ぎムードながらに嫌な予感を感じて兵大夫を問い詰めようとした藤内だったが、委員長の仙蔵が率先して兵大夫とからくり罠について議論し始めてしまったため、言い出すことができなかった。
代わりとばかりに綾部に訊ねようと顔を向けると、綾部はぱっと振り向いて言った。
「どうしたんだい藤内。私に惚れた?」
どこをどうやればそんな結論に至るのか、全く以て不明である。
出来ることなら綾部先輩の予習をしたい、と藤内は切実に思った。
綾部の思考回路は授業の百倍は解らない。
遠い目をして綾部とのまともな会話を諦めた藤内だったが、目的さえなければ綾部との会話は楽である。綾部はただ感性が違うだけで一応話は通じるからだ。
「惚れませんよ、またそんな泥だらけになって」
「じゃあ泥だらけじゃない私には惚れるのだね。じゃあいつも身綺麗にしておけばモッテモテだったりするの」
訂正。楽じゃなかった。
どう答えろと言うのだ。
切実に予習がしたい、藤内はそう思った。
藤内は仙蔵が面白そうにそんな彼らを見ていることには気付かなかった。
仙蔵にとって作法室はこうした後輩同士のじゃれ合い(?)を寛いで眺めていられる、一種憩いの場である。それはどの委員長も同じであろうが、後輩というのはなかなか良いものだ。
不思議と後輩というだけで守らなければならない気になる、また先輩として頼られると自然と背筋が伸び、何とはなしに誇らしい気分になる。
と、そこで仙蔵は用具委員のぬめぬめぬるぬるとした一年生を思い出してぶるっと身震いした。後輩は後輩でもあの後輩には頼られたくない。どこか私の知らない処で幸せになってくれると非常に嬉しい。湿り気ダメゼッタイ。
突然遠い目で儚く微笑んだ作法委員長に、い組の伝七は尊敬する先輩の笑みに緊張して顔を赤らめ、は組の兵大夫はつられてえへへと笑う。
所詮、お子ちゃまの感受性ではこの程度である。
保健委員会へ続く
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