「ちょっと組頭、いいんですかこんなんで」
「こんなんって?」
「新年早々から忍者ともあろうものが酒かっくらってどんちゃん騒ぎしてるっていうことがですよ!」
忍び組に与えられた部屋は、仕切りの襖を取っ払って何十人もの男たちが騒ぐ宴会場と化している。赤ら顔で徳利を抱えるもの、肩を組んで演歌を歌っている者、踊っている者、一発芸をしている者、脱いでいる者、ひたすら馬鹿笑いしまくっている者、どうにもしようがない程に混沌としている。
またこれが一般人であればただの馬鹿騒ぎですむのだが、ここは戦好きで名高いタソガレドキ城の、裏の力の要たるほどに有能な忍者の集団なのである。無駄に身体能力や芸が上手い彼らが本気で悪ふざけをすると、わりと洒落にならない酔っ払いの集団が発生してしまうのだ。
既に、厠に行くと言って出ていって、厠に行くついでに城の者に悪戯を仕掛けてきたという連中がぽつぽついるのだ。
同じように厠に立って、城の者たちが騒ぐのを聞いてしまった諸泉は一気に酔いがさめる思いをしたものだ。
「いいんじゃな~い?年末年始の仕事納めくらい、大騒ぎしたってさぁ」
そして、秩序や法などという言葉が裸足で逃げ出す無法地帯の、火付け人は実は組頭その人なのである。
「殿から酒貰ったよ~」とか言って仕事から戻ってきた連中を次々に宴会に放り込み、ここまでの騒ぎにしてしまったのだ。
「それにしたってちょっとこれは飲み過ぎですよ!急に仕事が入ったらどうするんですか!?」
「若いモノがそんなこと気にしちゃアカンよ、硬い事言ってないで君も楽しみなさい」
「結構です!!!!!」
どむっと一発爆発して憤然と去って行った若人をヤレヤレと見送って、雑度は竹筒の中身をずずずっと啜った。そこに、山本が苦笑しながら酌をしに訪れる。
「組頭、諸泉をあんまりからかいすぎないでやって下さいよ。あいつ、怒って一人で見回りに出ちゃいましたよ」
「いいじゃないか、宿直と愚痴のかけあいでもしてるだろうよ」
「しかし今日は城全体の気が緩んでいますし、密偵をいぶりだすとかおっしゃっていたでしょう」
「まあね~。はりきって仕事してる奴がいちゃあ、ネズミは顔を出しにくいだろーねぇ」
「……。もう見つけたんですか」
「今頃尊奈門が捕まえてるだろうよ」
「組頭ぁああ!!どういうことですかぁあああ!!」
諸泉はもう半泣きでクナイを握っていた。その隣には、同じように息を殺して、先輩の高坂が潜んでいる。
「ネズミだらけじゃないか……尊、お前は違うよな」
二人は宴会場の盛り上がりに呆れ果て、上司に抗議して、上司にも呆れ果て自主警戒していたのだった。
しかし見回りに出た途端、出るわ出るわ……怪しい連中が、普段の倍の頻度で右往左往しているではないか。
「違いますよ!!高坂さんこそ密偵じゃありませんよね?」
ちなみにこの会話はほとんど唇の動きだけで交わされている。
「密偵だったらもっと勤勉に働くわ!お前、嘘ついてたら……そうだな、一緒に煎餅を埋めてやろう」
「遠まわしに殺すって言ってません!?」
先輩に突っ込んだ諸泉の気配を悟られたのか、敵の忍者がざわりと動く。人数は三人。高坂が鋭い視線を闇に沈む天守閣に向けた。
「冗談だ。片して組頭に突きだすぞ!」
「はい!」
そしてそれを屋根の隙間から覗く、二対の目。
「……ね?」
「あの二人だけで大丈夫ですかね」
「出るの面倒じゃない。それに言うだろ、『可愛い子には旅をさせろ』。それより山本、甘酒のおかわり持ってきて」
「甘酒飲んでたんですか……なんでまた」
「何を言っているの、自分も酔っ払っていたら皆の浮かれた様子をネタにすることもできないじゃない」
「組頭、それは趣味が悪いと言うのです」
うふふ、と不気味に笑う組頭にツッコミを入れて、山本はちらりと屋根の上の攻防を見やった。
「組頭、自分が出たらネズミが逃げるからわざとあいつらにまかせたんでしょう」
「んー、まあね。名が売れるというのも考えものだよねえ、忍者にとってはさ」
嘯く男は包帯の巻かれた顔を擦って、はあやれやれと呟いた。
「面倒だなぁ」
年末年始にも休みがないんだもの。
(とか言いつつ、年末年始に忍び組の密偵いぶりだすって提案したの、この人なんだよな)
護衛も兼ねて組頭の酒に付き合う彼は、サボリ気味に見えようがのんべんだらりとしていようが実は結構勤勉に仕事をしている上司を思って、呆れた溜め息をつくのであった。