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嘘と創作を混ぜて語る日記的なもの
2025/07/05 [15:43:58] (Sat)
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2012/08/25 [10:30:35] (Sat)
中在家長次

拍手[4回]

 ……春頃の、図書当番だった日の出来事だ。

 図書委員の顔ぶれも変わり、新しく入ってきた者に仕事を教えるため、私と不破はほとんど毎日のように図書室へ通い詰めていた。
 そのせいというわけではないのだが、様々な事が重なり疲労が溜まっていたのだろう。
 当番が私一人だった際に、ついうたた寝をしてしまった。
 ……私とて人だ。居眠りくらいする。ましてや、春眠暁を覚えずと言われるこの季節。……小平太、お前など座学はほぼ寝ているだろう。
 ……小平太。自慢する事ではない。
 分かったなら良い。

 ふと目を覚ますと、金縛りになっていた。図書室のカウンターで座った体勢のまま動けず、かと言って生徒が入ってきた時に眠っていると思われては当番の意味がない。
 動けぬまま、図書室を眺めていた。

 そのまま、どれ程の時間が過ぎただろうか。
 感覚では確実に二刻は経っている筈なのだが、一向に日が傾かない。どころか、普段ならば少なからず図書室の利用者が居るものだが、誰一人訪れない。外で遊んでいる生徒たちの声も、鳥や風の音もなく、しんと静まり返っている。

 ふと、生温い風が吹いてきた。人に息を吹きつけられたような不快さに思わず眉を顰めたが、表情を動かすこともできず、ただ前を見ていた。

ぽりぽり

「……?」

 何か、音が聞こえた。
 鼠が木を齧るような音に似ていたが、もっと脆くて薄い物を食べているような音だ。

ぽり
ぱりぱりぽり
ぱり、ぽりぽりぽりぱり
ぽりぽりぽりぱりぽり

 図書室の一角でしていたその音だが、次第に他の書棚でも音が上がり始めた。
 少しずつではあったが、刻一刻と音の発生源は増えてゆく。
 ひどく気味が悪かったが、人間であろうが妖しであろうが図書室の蔵書に手を出させるわけにはいかん。
 私は歯噛みしながらじっと耐えていた。

 ……そうだな、あの時私は確かに妖しの領域に居たのだろう。妖しは予測がつかぬ。私は久方ぶりに頑是ない童であった頃に感じたような不安に包まれた。

 私がどうにもできぬまま、小さな咀嚼音はどんどん増えていった。終いには私の周囲、背後の書物からも咀嚼音が聞こえ、流石に冷や汗をかいた。

 人の声よりも余程小さな音だ。しかし、一切の音のしないその場では大きく響いた。
 しかも、気のせいだと思いたがる私を嘲笑うように、その音は少しずつ大きくなっていた。

ぽりぱりぱりぽり ぱりぽりぽり ぽりぱり ぽりぽりぽりぱりぽり ぽり ぱりぱりぽり ぱりぽりぽりぽりぱり ぽりぽりぽりぱりぽり ぽり ぱりぱりぽり ぱりぽり ぽりぽりぱり ぽりぽりぽりぱりぽり ぽり ぱりぱりぽり ぱりぽりぽり ぽりぱり ぽりぽりぽりぱりぽりぽり ぱりぱりぽり ぱりぽりぽりぽりぱり ぽりぽりぽりぱりぽり ぽり ぱりぱりぽり ぱり ぽりぽりぽり ぱりぽりぽりぽりぱりぽり ぽり ぱりぱりぽり ぱりぽり ぽりぽりぱり ぽりぽりぽりぱりぽり ぱりぱり ぽり

 私はあえて何も考えぬようにして耐えていた。妖しに遭遇し、怒涛のような音に囲まれ微塵も動けぬ身としては、正気を保つ以外に出来ることもない。

 ――だが、長くは持たぬだろうということも分かっていた。
 私はしょせん十五の若造だ。忍耐が得手というわけでもない。
 先の見えぬ、文字通り何も出来ない理解の及ばぬ場所で、何が起こるかも分からずただ耐え続けるのには限度があった。

 ついに私の手元の書物からも音がし始めた。手を退けたくとも、動かない。
 視線が書物に吸いつく。

 何かが紙の下で蠢いていた。

ぱりぱりぱり

 それは小さな咀嚼音を立てている。
 事此処に至って私はようやく悟った。これは、紙を食べている。

 ……私も動転していたのだろう。書物の中で咀嚼音がすれば、それは普通紙を食べている音の筈だ。だが、それとはっきり確信したのはこの時であった。

 紙の下で蠢くものは鼠よりも大きかった。どうやってか閉じた本の頁と頁の間に入り込んでいるのだ。
 ……妖しものに理屈など考えても無駄なのだろう。

 しかし私は少しばかり怒っていた。図書室の貴重な書物を食べているのだと判明した音が、図書室中いたるところから聞こえるのだ。
 これは図書委員長として到底看過できることではない。

 忍びとは、情報を得るために命をかける者と言っても過言ではない。忍びの主な仕事は、情報収集だからだ。
 忍びになろうとしている我々の前で、情報の塊である書物を食い荒らす所業。何人もの命を無下に散らそうとしている暴挙に他ならない。

 本の表紙を食い破り、昆虫のような足が覗いた。
 ぽりぽりと穴を広げながら出てきたのは、大きな紙魚だった。触角を小刻みに動かし、まるで私を見上げるように体をくねらせ――私の心臓が飛び跳ねた。

 触角の生えた人間の顔が、私を見上げていた。

 血走った眼つきの、学者のような年輩の男の顔だった。

 

 

 


後輩のコメント

 

不破:
あの時ですか?ええ、驚きました。
兵助と一緒に図書室に行ったら、誰も居なくて、おかしいと思いました。中在家先輩が本をほったらかしにするなんて、本当にあり得ない事でしたから。
兵助も何だか妙に緊張していて、「何か変だ」って。兵助の勘はよく当たるんです。
そうしたら突然中在家先輩の気配が現れて、しかもすごく怒ってる気配なんで驚いちゃったんですが――……。
一瞬前まで誰も居なかったカウンターに、先輩が居たんです。
とても怒っていらして、縄縹を振り下ろした体勢のまま、驚いたみたいにぼくをご覧になられて。「戻ったか」って呟かれたんです。

その後すぐに図書委員に収集がかけられて、一斉に本の陰干しをしました。
紙魚が大量発生していましてねぇ。蔵書に被害が出る前に気付けて、本当に良かったですよ。

 

久々知:
ああ、あの時はちょっと宿題で調べ物をしなくちゃいけなかったので、図書室に行ったんです。
雷蔵と一緒に図書室に入った時、妙な圧迫感を受けました。背筋がざわめくような感じの、嫌な予感に近いものでした。
室内なのに生暖かい風が吹いていたのもあるかもしれません。
何もないところに突然中在家先輩が現れた時にはそりゃ驚きましたが――そう、その件で後から思ったんですが。

もしかしてあの時、中在家先輩は神隠しに遭っていたんじゃ……。

もしかして、の話です。
確かかどうかは判りません。確かめようもありませんし。


――え、先輩が縄縹を振り下ろした理由?
さあ……?わかりませんけど、物凄くでかい紙魚を仕留めていらしたから、多分それなんじゃないですか?図書委員会としては書物を虫食いにされちゃ困るでしょうし。

卵が産まれないように、しっかり焼いて葬ってましたよ。

 

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