なな、聞いて聞いて。
俺おとついすげえもん見ちった。
それがさー、すんげえでかい……あん?何、作?ノリ悪いぞ。
なんだよその説明が迷子って。俺迷子になったことなんてねえけど?痛っ、なにすんだよー。
裏々々々々々々々……まあ、そのあたりの裏山でさ、入っちゃいけないトコがあんだよな。なんか禁足地とかいう。
体育委員は学園の外周をぐるっとパトロールすんのも仕事だからさ、その近くを通るワケ。
その山って見るからに人の手が入ってなくてさ。木がすごい密度で生えてんの。つか、なんか知らねえけど獣道すらなかったな。
なんで禁足地とかいうことになってんのか先輩に聞いてみたら、あ、七松先輩なんだけど、ニカッ!て笑って言った。
「あそこにはデカいのが居るからな!」
意味はわかんねえけど、デカイのはヤバイなって思って近づかないようにしてた。
してたんだけどさー、山がいつの間にか移動しててさあ、いつの間にか入っちまってたんだよなー。
いっつもいっつも思うんだけどよー、どうして長屋とか厠とか山って動くんだろうなあ?
ん?うんそうそう、俺以外の体育委員全員が迷子になっててさ、仕方ねえから探してたんだ。しろとか金吾はまあいいけど、滝夜叉丸とか本当勘弁しろよなあ。
七松先輩はどこでも生きていけそうだし別にいいけど。
あだっ、なんだよ数馬ー。てか作、眉間のシワすげー深いんだけど、どした?
あれ、なあ左門、なんで数馬怒ってんの?誰だよ怒らせたの。数馬は怒ると怖えんだぜ。
あー、うんまあそんで、ヤベーなんかここ見覚えねえなあ、とりあえず頂上目指すかっつって登ったのな。知らない山に入った時はまず自分の位置を知んなきゃなんねえし、頂上だと眺めが良いから分かりやすいんだよ。
でまあ今度は珍しく、山が移動したりしないでちゃんと山頂に着いた。
山のてっぺんは岩山みたいになってて、そこにでっけえ木がぶっとい根をたくさん絡み付かせて立ってた。
こんだけデカけりゃ景色もよく見えんだろと思って登ろうと思ったわけよ。
だけどま、先客がいてなー。
「あ?金吾?」
「せんぱいいいいいいいいいい!見つけたあああああうわあああああああん」
迷子になった金吾だった。
俺と同じ事考えて木に登ってたらしい。なんかギャンギャン泣きながら俺の腰に縄括りつけてくるんで、逆じゃね?と思ったけど、ん?……だって金吾が迷子なんだから、縄つけるとしたら金吾の腰だろ?
まあ金吾がそれで泣き止むんなら別にいっかと思って好きにさせといた。
たぶん金吾の全力で縄を力一杯括りつけて、ようやく泣き止んだ金吾が顔を上げたまま固まった。
いやー、その顔がまたすげー面白くてさ、目と口がまん丸なんだよ。なんてーの、どんぐりまなこって言うんだっけか?ピッタリの言葉だよなあ。考えた奴すげーと思う。
硬直した金吾の視線は俺の後ろに向いてた。
そんで、俺はや~な予感を覚えながら振り向いたんだわ。
振り向かなきゃよかった。
たぶん俺も金吾と同じ顔になってたと思うな。今までの人生で最大に目ェ開いてたもんよ。
白い猿がいたんだよ。
学園の物見台よりデカイのが。
はあああ!?……って、なるだろー?だけど居たんだなー実際。
俺の握りこぶしくらいある目玉をぎょろぎょろさせながら、そいつは俺と金吾を品定めするように見てた。
そいつの口から涎が垂れるのを見て、俺はやべえと思った。
喰うつもりだ。たぶん。
そいつから目を離さないまま、金吾に小声で話しかけた。逃げないとヤバい。
「金吾、金吾!」
「あああううう」
「金吾落ち着けって!もっぱんあるか?」
「あああありますう」
だって、デカくても猿だし。力とか速さとかは叶わねえと思うけど、もっぱんは効くんじゃね?流石に。
その日、俺は幸運にも数馬からもらった特別えげつないもっぱんを持ってた。実習から直接委員会行ったんでさ。
「せせせんぱ、火がつかなっ」
「貸せ!」
デカ猿が黄色い歯を剥き出しにして笑った。
来る!って思った時金吾が思いっきし体当たりしてきて、仰向けに倒れた上を白い毛に覆われた丸太みたいな腕が通り過ぎていった。
あっぶねえええ。金吾まじナイス。
もう汗かくヒマもねーっつの。あんなでっかいのに、超速いんだよあの猿。二撃目来たら確実に死ぬわ。
腕を振り上げてるデカ猿の顔めがけてもっぱん投げつけた。
デカ猿はケッなんだこんなモン、てカンジで余裕で口で受け止めやがった。
やー、バカでよかったわ。
そいつ、噛み砕いた挙げ句に思いっきり吸い込んでやんの。
保健委員特製のもっぱんだぜ?何入ってんのかは……知んねーけど、絶対くらいたくねーわ。
デカ猿な、割れ鐘みてえなすんげえ悲鳴上げてのたうち回ってさ。
苦し紛れだろうけど、滅茶苦茶に振り回してた腕が近くの木にぶち当たって、その一抱え以上もある結構太めの木が、ボッキリ折れた。
箸を折るみたいな感じだったな。
思わず金吾と顔を見合わせた。
「逃げんぞ!」
「っはいいっ!」
もっぱんはドサクサで目にも入ったらしくて、デカ猿は顔中の穴から汁垂れ流してた。目も開けらんねー、鼻も使えねーときて、音を頼りに追っかけてきたんだ。
金吾引っ張って全力で逃げたさ。
今更立ち止まって音消したって、あっという間に追っつかれんのは目に見えてた。
金吾はよくやったよ。あんな状況でも泣かないで必死に走ってた。泣くと呼吸が乱れちまうし、あの時そんな事になってたらとっ捕まって喰われてただろうし。
「三之助!?金……はあっ!?」
ここで滝夜叉丸……先輩が合流した。
「貴様なんてものを連れてきているのだこの馬鹿者が!あれは山神だぞ!ヌシだ!」
滝夜叉丸がなんか喚いてて、金吾はこわばった顔で走ってた。
「それよりアレどうにかなんねーんスか!」
「たわけ!私は七松先輩ではないのだぞ!せめて学園の競合地帯まで逃げっ……金吾!」
滝夜叉丸の声と同時に、金吾を引っ張ってた手が重くなった。俺たちについてよく走ってたんだけどな、金吾が転んじまったんだ。俺も余裕なくてあんまり手加減してやれなかったんだよなー、金吾には悪い事した。
木が密集してて通れねえようだったけど、デカ猿はすぐそこまで来てた。
木が薙ぎ倒される音にビクつきながら立ち上がった金吾は、足を捻ってた。
「三之助、背負えるな?金吾は学園まで道案内だ、急げ!」
そう言い捨てて滝夜叉丸は戦輪を取り出すと、俺たちとは別の方向に走りながら名乗りを上げた。
んん、そうだ作。あの野郎囮になりやがった。
「やあやあ我こそは戦国一の戦輪使いの卵かつ美しさも随一忍び故に人は知らねど賢さも学年一!化け物など恐るるに足らず私は忍術学園の忍びぞ!いざ研鑽せし~……」
なんだよあの名乗り。侍かっての。
戦輪の攻撃とあのウザさにイラッときたんだろ、デカ猿はあの馬鹿を追ってった。
俺たちが学園について、先生たちが出てってすぐかな、ボロボロの滝夜叉丸が戻ってきた。なんでも、六年用の鍛錬コースにおびき寄せて、罠で痛い目にあわせたら逃げてったんだってさ。
俺、六年の鍛錬コースには当分近づかねえようにするわ。木をなぎ倒すようなバケモンが逃げてく罠って、何だよ……。
そうだ滝の野郎、どうせ俺が無自覚に禁山に入ったんだろとか抜かして説教してきたくせに、金吾もいたって聞いたら考え込んでさ。
「迷い込んだというよりは、呼ばれたのかも知れんな」
とか言うの。ひどくね?なんで俺だけ説教なんだよなー。俺迷子になったことねーっつーのにさ。
……あれ、なあ、どうして作はそんな怖い顔してんの?あと藤内と数馬の視線がなんかすげえ冷たいんですけど。冷たすぎて痛いんですけど。
な、なあ、あのさ、怖いんだけど。あの……。
滝夜叉丸:
ふふんこの滝夜叉丸の頭脳にかかればあのような大猿もなんのその、六年の鍛錬コースに誘導するとは流石は私!
……まあ怪我のほとんどはコースに仕掛けられた罠でできたものだがな!
立花先輩監修だというが、私はあんな恐ろしい仕掛けの罠に出逢ったのは初めてだ……。
そうだ、私も以前の体育委員長から聞いたのだが。
アレは果栄山という山の主だそうだ。いつでも花や果実の豊富な山で、飢饉の際に食べ物を求めて山に入った人々は決して帰ってこなかったのだと、そう聞いた。
七松先輩が対処しておくと言っておられたから、心配はないと思うが……。
小平太:
私の居ない状況であいつから逃げ切るとは、流石は体育委員だ!委員長として誇りに思うぞ!
あのデカいのはなあ、五・六年有志と山田先生、利吉さんで山狩りすることになった!
私もあいつには四年程前に追いかけられたことがあってな?
まあデカくても猿は猿だ……。愉しみだな!