聞いて下さいよ高坂さん!
組頭ったら酷いんですよ!足揃えて座るし!おやつの最後の一個をかっさらっていくし!かっこいいし!覆面したままウドン食うし!かっこいいし!洗濯物増やすし!強いし!お茶目だし!
なんですか、酔ってませんよ徳利の七、八本で!
それより聞いて下さいよ!ひどいんですよ!組頭!
この間の話です。
「諸泉~諸泉~。尊~?」
「はいはいなんですか組頭。お茶ですか」
「あ、いいねぇ。三嶋屋の饅頭持ってきて」
「いいですけど夕餉もちゃんと食べて下さいよ?」
「ん~?ん~」
「ちゃ ん と 食 べ て 下 さ い ね ?」
「やだ尊くんてば怖い」
「組頭ぁ~!!」
「まあまあいいから。それより早くおいでよ」
え?あ、はい、ここまで矢羽音です。
ううっ、ありがとうございます小頭!そういえば、組頭のお世話は以前は……あ、はい、そうなんですね。小頭も苦労されたんですね……。
組頭の部屋に行くと、組頭は着物をそこら中に広げていたんです。
全く誰が片付けてると思ってるんですかあの方は!高坂さんもそう思いませんか!?
「ちょっとね、これ処分してくれない?」
そうおっしゃって組頭が出してきたのは小綺麗な小袖でした。女装の時に使い勝手の良さそうな、中々の品です。
勿体ないなあと思ったのが顔に出てしまったようで、組頭にちょっと呆れられてしまいましたけど、話を聞いてみると買ってからまだ一度も袖を通していないというんです。
「だってね、それ夜泣きするんだよ」
「はあ、そうですか、夜泣………はい?」
「夜泣きするんだよ、それ。欲しかったらあげるけど?」
全く意味が分からなかったのですが、いただけるのならと部屋で虫干しをしておいたんです。
だって、組頭ったらせんべいが似合わないだの熊っぽいだの臭いそうな柄だの、よくわかんない理由でしょっちゅう着物を処分してるんですよ!そもそもあまり一般人の変装はし難い方ですから、別段差し障りが出るわけでもないんですけど。
でも無駄遣いがすぎると思いませんか!?なので、できるだけ処分せずに売り飛ばしたり仕立て直したり、苦労してんですよ私だって!
ええ、それからすぐ忍務で、少し遠出したんですけど。
出先で同僚と離れた時のことです。
月のない夜でした。
赤ん坊の泣き声が聞こえました。
どこからだろうと首を巡らせて腕を組んだ時、ふと自分の着物の柄が変わっていることに気付いたんです。
それがですね、あの城に置いてきた筈の小袖を着ていたんです。
城を出る時に寝ぼけてたんだろうって、酷いです高坂さん!いくらなんでも違いますよ!あの小袖は女物でしたし、一緒に城を出た同僚が気付かない訳もありません。
着替えた覚えもないのに服が変わっていたので、霞扇の術にでもかけられて幻覚を見てるのかと思ったんです。
なので、赤ん坊の声も無視しました。
ええ、無視しました。
耳元で泣き喚いているような近さの声も、
背中に感じた、丁度赤ん坊くらいの重みも。
暫くして同僚と合流すると、それらは元々存在しなかったかのように消えました。
やれやれ、終わったか、とその時は思いました。
ところが、その赤ん坊の泣き声と小袖は、また現れたんです。
というかですね、迷惑なことに、忍務の最中ずうっとついてきたんですよあれ!
それが山中だろうが水中だろうが泥中だろうが町中だろうが天井裏だろうが!
夜中、私が一人になるとまるで待ってましたとばかりにズッシリ背中にのしかかって、耳元で泣き喚くんです!私が起きていようと寝ていようと、お構いなくですよ?
しかも段々重くなってきて、これは話に聞いた子泣き爺ってやつなんじゃないのかとも思いました。
おかげさまで私はガッツリ隈をこしらえて帰り、皆に思いきり笑われました。
帰ってすぐ近江屋の黒饅頭を餌に組頭を問いつめたら、
「だから言ったじゃない、夜泣きするって。それにしても忍務先までついて行くとはねぇ、霊に距離は関係ないって言うけど」
とおっしゃって!
もっと詳しく説明して頂ければ即刻処分しましたよあんなもの!
あんな傍迷惑な呪いのかかった子泣き爺もどきを忍務前の部下に渡すなんて!酷いと思いませんか!?
あ、はい。小袖ですか?
勿論処分しましたよ。ドクササコの忍者に、物売りを装って売り付けてきました。
それから綺麗サッパリ泣き声も小袖も見なくなりましたし、結構高値で売れましたし、あわよくばドクササコの力を削げますし、まあ上々といったところでしょう。
何をおっしゃいますやら高坂さん。決して、決してですよ!今回の忍務でドクササコの凄腕にちょいと捻られた腹いせなんて事はありません!
ざまあみさらせとは思ってますけど!
あいたっ、何するんですか!まだまだ飲めますよ!飲みますよ!
あー!組頭ー!それは最後の一本んんん!
上司のコメント
雑渡:
尊もねー、もっと精進しないとねぇ。
忍びは余計なことを聞かないのも大切だけど、必要な事はどんな手段を使ってでも知っておかないと、使い捨てにされるからねぇ。
そうそう、尊と一緒に忍務にあたった男がね、気になる事を言っていたよ。
尊は毎晩のようにうなされていたそうだけど、その間ずっと寝言でね、「もうし、もうし」って囁いていたそうだ。
尊の声とは全く別の、ぞっとするような低ぅい嗄れ声だったらしいけどね。
うっかり返事しそうになって危なかったと言っていたよ。