そうだな……もう時効だと思うし、話してしまっても構わないか?
まあ待て。
三年になってすぐの頃、俺が一週間くらい寝込んだことがあっただろう。
うん、実はな、あれには事情があったのだ。あの時は原因不明の高熱ってことになってて、勘ちゃんと雷蔵にはすごく心配をかけたのだ。
え?ハチはなんか寝れば治るとか七松先輩みたいなことばっかり言ってる時期じゃなかったか?あんまり心配してなかったような気がしたのだぁ。
三郎?え、心配してたのか?あれで?
む?馬鹿と?ツンデレ?ふーん、そうなのか。ありがとう勘ちゃん。
実はあの一週間、嫁をとってのんびり暮らす夢を見ていた。
おい、さぶ……ツンデレと馬鹿。ただの夢だったら俺がわざわざ秘密にする意味がわからないだろう。花札を始めるんじゃない。ちゃんと聞くのだ。
ん?ツンデレの意味が分かってるのかって?
ツンツンしてて時々デレるんだろう。正にお前じゃないか。
……勘ちゃん、三郎が丸まって動かなくなっちゃったのだぁ。俺は何か違うことを言ったのか?
ふうん、そうなのか、あれもデレか。あとハチうざい。
あの時は事実縁談が来ていて、嫁だと思って大切にして下さいと手紙と共に人形が送られてきていた。
勘ちゃんはその人形を苦手そうにしていたのを覚えている。
夢では、嫁はその人形の姿をしていた。
どこだかの農村の庄屋として、俺たちは仲睦まじく暮らしていた。
俺が村人の女性と挨拶を交わすだけで嫉妬する可愛い女だった。毎日毎日好きかと聞いてくるので、俺の態度が至らないのだなと思い毎日好きだと言った。俺が本を読んでいると、読み終わるまで飽かずじっと待っているのだ。本を読んでいる俺の横顔が好きだと笑っていた。
ただ、料理が壊滅的でな。米も炊けぬ、腐った物を普通に出す、味噌汁には虫が入っている。
思えば俺は一度も嫁の料理を食えなかったな。
しかし何より我慢がならないことは、豆腐がなかったことだ。
少し遠出をすれば、町に豆腐があるだろう。
豆腐のない毎日に我慢がならなくなった俺は、豆腐を買いに町に行ってくると嫁に言った。
そして大喧嘩になった。
嫁は俺が町に行くのを許さぬと言う。
しかし嫁に買いに行かせようにも、料理の壊滅的な彼女のことだ、帰ってくるまでに豆腐はその美しい姿を無惨に変えてしまっていることだろう。
だからどうしても俺が行くと言ったんだが、嫁は豆腐と自分どっちが大切なのかと大激怒した。
好物とはいえ食い物と嫁を比べられるわけがないとそう言ったら、何を勘違いしたのか「おたうふとかいう女の方が大切なのね!」と言い出した。
ハチ、三郎うるさい。笑うなら息をしないで笑え。
勘ちゃんと雷蔵は後で冷や奴譲ってくれるなら許してあげるのだぁ。
嫁は、どうも、俺が豆腐について熱弁したのを聞いて豆腐に嫉妬してしまったようなのだ。
草刈り鎌と包丁を持って襲いかかってきた。
それがな、女の身とも思えぬ凄まじい身のこなしだったので、うっかり手加減できずに苦無を使ってしまったのだ。
……ん?どうしたのだ三郎に勘ちゃん、二人して頭を抱えて。笑ったり悩んだり忙しいな。
天然?誰が?
嫁について突っ込みどころがありすぎる?
そうか?働き者の嫁だったけどな。
うん、それでな、とりあえず鎌と包丁を取り上げようと思って腕を捻ったら、そこから腕がぼっくり捥げたんだ。
一瞬何が起こったか分からなくて狼狽してたんだが、とりあえず手当と思い「大丈夫か!?」と言ったんだが、嫁はもう錯乱してすごい有様だった。口をがしょんがしょん言わせながら草刈り鎌を振り上げていた。
俺は咄嗟にやばい死ぬと思った。
そのくらいの速度で鎌が振り下ろされて、俺の足の間に嫁の腕ごと突き刺さった。
嫁の、人形の腕ごとだ。腕はぼっきり折れた。
そこで流石におかしいと思ってーー遅いって、全員で声揃えてまで言わなくてもいいじゃないか。夢だし、気付かなくても仕様がないのだ。
とにかくおかしいと思って、胴を割って首を飛ばした。
ハチも三郎もいちいち五月蝿い。それに三郎、容赦ないとかお前にだけは言われたくないのだぁ。
そこで目が覚めて、そしたら信じられないくらい息苦しいし頭は痛いし体は重いし、すごく驚いたのだ。いつの間にか一週間経っていたと聞いてまだ夢かなと思ったくらいだったのだ。
件の人形は、両腕が捥げ、胴は割れ、頭が落ちていた。
割れた胴を調べてみたら灰に混ざって骨が出てきた。
それは縁談をよこした家に送り返したんだが、その後一家揃って失踪したそうだ。
不審に思った俺の実家が調べてみたら、そもそも俺の縁談は死んだ娘とのものだったらしい。
うっかり死人の夫になるところだったのだぁ。いやまったく危なかった、くわばらくわばら。
同室のコメント
尾浜:
へぇ~、あの人形がねぇ……。
ん?あー、実はね……俺、あの人形がぶっ壊れた瞬間目撃しちゃった。
突然放り投げられたみたいに宙に浮かんだと思ったら、もんのすごい金切り声上げてバラバラになったんだよ。いやはや驚いたのなんの。
うへえ、て思ってその日はハチんとこに転がり込んだけどさ。俺しか見てなかったし、俺が人形壊したことにされるんかなって思ってたんだよ。
そしたらさ、兵助ってば俺に何も聞かないで、壊れた様子見て一人で納得してんだもん。
大切な人形って聞いてたのに妙に冷静だし、やっぱり変わった奴だなあって思ったよ。
にしてもさあ、取っ憑かれてても豆腐で破局するところが兵助だよねぇ。
保健委員のコメント
三反田:
あっはい、よく覚えてますよ。何しろ、初めての委員会活動での出来事でしたから。
久々知先輩って寝言をよく話す方だなあ、て思って看病してたんですけど、日に日に寝言の豆腐率が高くなってきまして、豆腐をちらつかせれば起きるんじゃ……って言った善法寺先輩が豆腐を持ってきたんです。
……えっとですね、言い訳させていただくと、打つ手は全て打って、それでも熱は下がらず。久々知先輩は一週間飲まず食わず、このまま起きなかったら本当に死んでしまうって、僕たち保健委員はもう藁にも縋る思いだったんです。
豆腐の効果は抜群でした。
枕元に持って行った途端、寝言が激しく言い争うような調子になったと思ったら、急に静かになってぽっかり目を覚まされたんです。
目覚めの第一声は「たうふ……」でした。
あのう、失礼を承知でお聞きしたいんですけど。
久々知先輩って、豆腐に取り憑かれてたり、とか……………。