ぅうん、そうだよねえ、女の子って可愛いけど、怖いよねぇ~。
ぼくもあるよ、女の人の怖い話。
あれは、ぼくが店番を任されるようになってすぐの頃だったかなあ。
父さんはお姫様に呼ばれてお城に行っててね。うん、評判の髪結いに髪を結ってもらいたいんだっていう話だったよ。それで、ぼくが店番をしてたんだ。
今でこそお客さんもぼくを指名してくれるけど、昔はやっぱり父さんじゃないと嫌だってお客さんも多くてね、その日ぼくは暇してたの。
表の人通りがふっと途切れてね、いつも賑やかなところだから、珍しいなと思って表を見に行ったんだ。
暖簾をくぐろうとして手を上げたら、戸口の前にお客さんが立っているのに気付いた。全然気付いてなかったからちょっとびっくりしちゃって、声を上げそうになっちゃったよ。
お客さんは、女の人だったんだけどね。それは綺麗な白無垢を着ていてねぇ、怖いくらいの美人さんだったんだよ~!
「これから嫁にゆきますの。髪を結って下さいな」
「ここは父の店で、ぼくは店番で半人前です。ぼくの手でもよろしければ」
「あなたに。お願いしとう存じます。どうぞよしなに」
今思い出しても、ぽーっとしちゃうような、綺麗なお人だったなぁ。
そうそう、その髪がね!それはもう物凄く美しい髪でね!艶、コシ、手触り、どれ一つとっても本当に極上のサラッサラの髪でね~!しかもね、髪を結ってると仄かに甘い匂いがしてねぇ、どぎまぎしちゃった。
「これからご婚礼なんですかぁ、おめでたいですねぇ」
「ありがとうございます」
「こんな綺麗な花嫁さんもらって、旦那さんは幸せ者ですねぇ~!」
「まぁ、可愛い坊やねぇ。でも、うふふ、旦那様やお姑様にとって、私は理想の嫁かしら?うまいかどうかも、たべてみなければ分からないし」
「そうですねぇ、相性っていうのもありますしねえ」
話しながら手を動かしていて、ぼくはその女の人の後ろ頭に大きな傷があるのに気がついた。
ぴったり閉じてはいたけれど、耳の上からもう片方の耳の上まで続く大っきな傷でね。傷のふちがぷっくり腫れて、大きな唇みたいになってたよ。
ぼくは何も見なかった事にして、傷が隠れるように髪を結い直した。花嫁さんだから、とびっきり綺麗にね。
「でも、私とても楽しみにしておりますの。ええ……えぇ、とても、とても愉しみ。やはりお姑様が先かしら。旦那様は最後が良いわ。私、好物は最後に食べる方なの」
「旦那さんを愛されてるんですねぇ。これはますます果報者の旦那さんだなぁ~、羨ましいですねぇ」
「あら坊や、好きな子は居ないの?うふふふ、私のようなお嫁さんが欲しいのかしら」
そこでさ、なんとびっくり!女の人が笑うと同時に、頭の傷がぱっくり割れたんだ!
傷の奥に見えた白いモノは、骨だったのかなぁ。
え?なになに、びっくりっていうか、阿鼻叫喚?え、うん、まあそうかも。
いやあ~、まあまあ滝夜叉丸くんも三木エ門くんも落ち着いて。続きを聞いてよ。
その傷口の内側からはね、ものすごく甘ったるい、ぅう~ん……果物が熟しすぎて、腐ったみたいな?そんなニオイがしてさ。
思わず咳き込みそうになったんだけど、お客さんの手前我慢したよ。
うん、普通ならお医者さんに連れてかなきゃって焦るところだよね。だけどなんでか、その時ぼくはそれを傷って思いながら、大したものだとは思わなかったんだ。とにかく花嫁さんだから綺麗にしなくちゃって、それだけ考えていたの。
「そんなぁ!ぼくはまだ半人前ですし、お嫁さんなんて、しかもあなたみたいな美人さんを貰える身分じゃあないですよ~」
「あら、あら。……でも、そうねぇ。あなたもうまそうだわ。きっと一人前になったら……美人のお嫁さんができます。一人前になるのが愉しみね」
「そうですかぁ?ありがとうございます~、ぼく頑張りますね!あ、できましたよ!」
「ありがとうございます。こちら、お代」
ありがとうございましたぁ~って見送ったんだけどねぇ。
いるんだよね~、たまに、「あら可愛いぼうや」って言ってさ、しなだれかかってくるお客さん。
その女の人ね、旦那さんとか姑さんのことを話す時、そういうお客さんがするような目してたからさ。
ああ、旦那さん尻に敷かれるだろうなぁ、って。
なんていうの?やる気満々?ていうか、獲物を狙う目っていうか?すごく幸せそうに、そういう目してるからさ。
お嫁さんがくるって目出たい事なんだろうけど、旦那さんたち御愁傷様だなあって思っちゃったんだよねぇ。
美味しいお菓子でもつまむみたいな感じに微笑んで流し目されて、女の人って怖いなぁって、幼心に思ったよ。
きっとああいう女の人を、肉食系っていうんでしょ?
同輩のコメント
三木エ門:
タカ丸さん、それは女の怖い話ではなく、怖い女の話というのです。
それにしてもまるで怪談話のような女ですね。後頭部に唇とはまるでどこぞの妖怪二口女のようではないですか。
……は、はは、いや、まさかですよね。
といいますか、獲物を狙う目でかつ幸せそうというのは、いわゆる舌舐めずりというのでは……あ、いえ、なんでもありません。
滝夜叉丸:
ええい三木エ門、そんな悠長な事を行っている場合か!
タカ丸さんはどう聞いてもハッキリ目を付けられているだろうが!
いいですかタカ丸さん、嫁を貰う時はよくよくよく後頭部を調べるのですよ!とくに髪の中!
何ならこの私を呼んでいただければそのような化け物などなんのその、学園一~(略)~
綾部:
はあい?ああ、二口女というのは、飯を食わない理想の嫁が欲しいとか言った阿呆のところに嫁いだ女の御伽話ですよ。
なので、あれは肉食系女子ではなく、肉食性女子というんです。
ねえタカ丸さん、嫁の髪を調べるのはいいですけど。
位置的に考えると確かめた瞬間喰われそうじゃあないですか?口の真ん前ですもん。
……どうしたの、滝、三木、タカ丸さん。青くなって抱き合っちゃって、まあ。
んー、タカ丸さんがそっちの趣味なら心配はなさそうですねぇ。
あれ、違うんですか?ふうん、そうですか。