風呂なあ、嫌いじゃないんだけど、一人で入るのは苦手なんだよなぁ。
なんだと!?入学したての頃、一人でトイレ行くの怖いとか言ってぼくを起こしたのは一体どこの誰むぐぐー!
いいか、ぼくの苦手にはちゃんと理由があるんだよ!
ちゃんと聞けよ!?
えーっと、確かあれは、秋風が冷たくなってきた頃だったかな。
保健委員会で薬草園の手入れをしてたんだよ。
で、突然ものすごい豪雨に見舞われたんだ。
しかもその後雹も降ってきて、木の下で雨宿りしてる間に全員体がすっかり冷えちまって、風呂に入ろうってことになったんだ。
まあ、薬草を採りに行って滑って転んだり、雨に降られたり、罠にかかったりするのはお決まりのパターンだから、その時もいつもと同じって感じだったんだな。
おいこら、早くも遠い目すんな。序の口だぞ。
やめろ!その憐みの目!同情するくらいなら手伝えよ!
ゴホン!……それで風呂に行ったんだよ。
皆、毎回のことながらあちこち擦り傷こしらえてるんで、体洗うのも慎重になる。ホントは先輩に一番風呂は譲るべきなんだろうけどな、ウチの委員会委員長、知ってるだろ?善法寺伊作先輩。
学園一不運だと言われる人だ。当然のごとく、ケガも一番多い。……ぼくたち下級生を庇ったケガも多いんだけどな。
そういうわけでいつも先輩が一番時間かかるんで、待ってる間に体が冷えちゃうからってさ。体を洗い終わった順に湯船に入ることになってる。
先輩をバカにしてるわけじゃないんだ。先輩を待ってて風邪ひいたら、逆に迷惑かけちゃうからな。
その日はぼくが一番乗りだった。
じんわり体が温まって来て、良い気分になりながらぼんやり天井を見上げてたんだ。
洗い場からは、「しみる!」だの「痛い!」だの「すべる!」だの聞こえてきて、まあ最後の以外は気にすることでもないけど。
あぁ、ええとな、滑って転んで全員巻き込むとか、よくあることなんだ、委員会では。
何か起こると全員巻き込まれるのは、悲しいくらいいつものパターンなんだよ……。気をつけても巻き込まれるから、心の準備レベルの意味しかないけどな……。
ま、それでな、天井に湯気が溜まってさ、水滴がつくだろ?
それをボンヤリ眺めてたんだけど……。
その水滴の模様……ていうか……水滴のつき方がさぁ……。
自然に変な模様になるのは珍しい事じゃないだろ?その時も変な模様になってるのを眺めてたんだけど、自然にできたにしては、妙に……。
んー、あのな、妙に……人の顔……みたいな……。
眼、眉、鼻、唇……。
……水滴だけで、あんなリアルな人の顔できるか?っていう位のさ。
そこいらの人相描きよりよっぽど本物っぽかったな。
乱太郎が人相描き上手いけど、あーまあ乱太郎の方が絵心はずっと……、いや。や、なんでもない。乱太郎の絵が上手いとか別に言ってない。言ってねえし!
あ、うん、それで、顔だ。
人の顔が天井に浮かんでる、ように見えたんだ。
嫌だな。なんか不気味だ。
「左近せんぱぁい?どうしたんでぅわぁう!」
そこで首を傾げながら湯船に足をかけた伏木蔵が滑ってお湯に突っ込んだ。
ったくいつも気をつけろと言ってるのに、一年は必ずどっちかが滑るんだ。これが引き金になるから気をつけろって、いつも、いっっっつも口を酸っぱくして言ってるのに!
「伏木蔵!大丈夫ぶごぼぼあっ!?」
案の定、伏木蔵が落ちた事に驚いた数馬先輩が駆け寄ろうとして盛大にこけた。
その時だ。ぼくは見た。
スッ転んだ数馬先輩が湯船に落ちて見事な水柱……湯柱上げたんだけど、その湯柱を避けるように、天井に浮かんでた顔がサッと動いたんだ!
動いたんだよ!
目を丸くするぼくをバカにするみたいに、そいつはニヤッとムカつく顔で笑った。
よっぽどお湯ぶっかけてやろうかと思ったぜ。
風呂の中に居るのに、背筋が妙に寒くなった感じがした。
「あっ数馬せんぱい!伏木蔵うひょぉおおおお!?」
だけど、ぼくにのんびり怖がってる暇なんてなかった。
保健委員会のお約束!連鎖する不運!
驚いて滑った乱太郎が、湯船にぶっ飛んできた。
あいつ、つくづくよくぶっ飛ぶ奴だよな。もうちょっと落ち着きを持てないのか?
「伏木蔵!乱太郎!左近!数馬!大丈夫かい!?ってアラぁあああああああごぼぶがぁ?!」
次々に風呂に湯柱が上がって、最後に伊作先輩の叫び声と一緒に一際でかい湯柱が上がった。
湯柱が収まった後の湯船には、十本の足がにょっきり生えていた……。
わっらっうっなぁああああ!そうだよぼくもやったよ!不運のシンクロナイズドスイミング!笑うな三郎次!
乱太郎のあたりで連鎖止めようとして立ち上がろうとしたら見事にスッ転んだわ!
あぁあそうだよな、そうだよ、ぼくも保健委員だったよ!結果は目に見えてたんだ。笑うな畜生!流石とか言うな久作!
お前ら次に医務室来た時は覚えてろよ!
はあ……まあ、でも、全員で頭から池に突っ込むとか、別に珍しい事じゃねえんだよな……はあ。
皆慣れた様子で起き上がるのが、なんかさ……しょっぱい気持ちになるよな……うん。
うん……。
まあ、それからだな。一人で風呂に入るのが苦手になったのは。
だって考えてもみろよ。
あの変な顔がニヤニヤ笑って見てるかもって思うと、全然落ち着けないだろ。
……ていうか風呂場でニヤニヤ笑ってこっち見てるって、普通に考えたら変態だよな……。やっぱお湯ぶっかけてやればよかったか?
まあ、でも、全員の無事を確認してからあらためて風呂に入り直した時、天井見上げてみたらビッショビショでさ。水滴とか何もなくなってて、たぶん伊作先輩の湯柱、相当デカかったんじゃねえかな。
あの顔も、伊作先輩の湯柱だけは避けようがなかったんだな。
別に退治とかしたワケじゃないけど、ちょっとスッキリした。
後輩のコメント
伏木蔵:
えぇ~、あの時そんなスリルな事があったんですかぁ~?
ぼく全然気付きませんでしたよぉ、もったいない事しちゃった~。
左近センパイったらお風呂入ってる時ヒトのいる方向しか見ないしぃ、妙にキンチョーしてるから、他人のハダカにキョーミがあるお年頃なのかなぁって思ってましたよう。
ヒトを見ようとしてたんじゃなくて、ヒト以外を見ないようにしてたんですねぇ。
えへへ~、勘違いしてましたぁ、今度高坂さんに間違いでしたって訂正しときますぅ。