あ~、疲れたぁ。ね、聞いてくれる?
うん、そう……委員会でね、ちょっと不思議な事があってね。
今日は毒虫も脱走しなかったし、バレーボールも飛んでこなかったし、は組の補習もなくて全員揃ってたし、せっかくだからって裏山に虫取りに行ったんだぁ。
竹谷センパイが用具委員会に作ってもらった虫取り網を皆で持ってね、ピクニックみたいで楽しかったよ。
竹谷センパイの虫取り網さばきっていったらねぇ、ものすごいんだ。しゅぱって動くと、もう網の中に虫が入ってるの。初めて見た時は何やってるのか全然わかんなくて、目が点になっちゃった……。
ぼくもその内、あの技ができるようになれるかな……。
伊賀崎センパイも上手いんだけど、センパイよりじゅんこの方が上手いから、よく横取りされてる……。
じゅんこもすごいよ。もう、動きが目に見えないもん……。
そうそう、その虫取りの最中にね、見た事ない虫見つけて、竹谷センパイ呼んだんだ。
「竹谷センパ~イ……」
……あれ?聞こえなかったのかな……。
「竹谷~センパイ~?」
いつもは声かけると、どんな小さい声でもすぐ答えてくれるんだけど、その時はだぁれも返事してくれなかった。
他の皆も声が届くところにいたから、「あれ?」て顔を見合わせた。
「竹谷センパイー?」「せーんぱあああーい!」「委員長ー!」「先輩!どこですか!」
それでも、センパイからの返事はなくて……今まで、ぼくたちが迷子になる事はあっても竹谷センパイが迷子になったことなかったから、ぼくたちすっかり困っちゃった……。
「伊賀崎せんぱぁい……どうしますぅ?」
「うーん……」
生物委員会では、たぶんダントツでよく迷子になる伊賀崎センパイだから、……え?……ああ、あのね、伊賀崎センパイ、よく「じゅんこォ―!」て叫んでいなくなるから。
たまに本当に迷子になっちゃって、会計委員会と、体育委員会と一緒に探すことあるんだ。体育と会計にも、よく迷子になるセンパイがいるから……。
そうなんだぁ。だからね、逆に自分が探す立場になると、ちょっと困っちゃったんじゃないかなぁ。
じゅんこ探すのと人間探すのはちょっと違うもんねぇ。
なんだか腕組んで唸ってたんだけど、そしたら三治郎と虎若がハイハイッて手を挙げてね。
「探しに行こう!センパイ困ってるかも!」
「レッツゴー!」
は組って、なんていうか、すごくポジティブだよね……。
「いや、でも迷ったらまずいぞ?ぼく達が遭難したらどうする」
ぼくもそう思う……。確か、ミイラ盗りがミイラ、ってやつ……。
「じゃあ、学園に戻って先生に言う係と、センパイ捜索隊係に別れて行きましょう!」
「れっつごー!」
……は組ってさ、すごく、アクティブだよね……。ぼく、すごいと思うよ……。
伊賀崎センパイがまた「うーん」て考え込んだ時、どこかで犬の鳴き声みたいなのが聞こえた気がしてね。
竹谷センパイ、よく野良犬とか撫でてたりするから、一応呼んでみたんだ。
「竹谷せんぱあ~い……?」
そうしたら、なんだか変に遠いところからセンパイの声が聞こえた。
皆にも聞こえたみたいで、皆キョロキョロしながらセンパイを呼んだよ……。
「センパイ!センパーイ!」「たけやせんぱい!」「せーんぱあああああいいいいい!」「どこですかー!」「せぇんぱぁああい……」
みんなアッチコッチばらばらの方を向いて呼んでたんだけど、それでも聞こえたのかな。センパイの声がぐんと近付いた。
「ぉーい!そこ動くなよー!」
「はーい!」「はぁーい!」「分かりましたー!」「センパイー虫とりましたあー!」
それからセンパイはすぐ来てくれたんだけど、なんか随分くたびれてたみたい。汗びっしょりで、息切らしてたもん。
「おほーお前等久しぶりー……」
「先輩どこに行ってたんですか?」
「悪い悪い。ちょっと、その辺の向こうまでな。ちいと早いけど、撤収するぞ。全員居るかー?」
「「「「はぁーい」」」」
何かあったのかなぁ、て皆で顔を見合わせたけど、山に虫取りに行った時には急に撤収っていうことも別に珍しくないから、ぼくは特に不思議にも思わなかったんだけどね。
だけど歩き出した竹谷センパイの足元に、小さな、うーん、たぶん犬……?みたいなのが2匹いてね。
赤い襟巻きつけた、なんだか強面の犬でね。大きさは子犬サイズなんだけど、足はがっしり太くて、声もばう、わうって低くて、大人みたいだった。
たてがみがもさもさしてて、竹谷センパイの髪とそっくりだったなあ……。
飼育小屋の新顔かなって思って見てたんだけど、ぼく以外誰もその犬を見てなかったから、あれ……?って思って。
「竹谷センパイ……」
「ん?どした孫次郎?」
「その、犬……?」
「犬?どこだ?」
そう言ってセンパイが犬を探してキョロキョロしたのを見て、虎若も一平もキョロキョロしてるのを見て、ぼくちょっと背中がソワッてしちゃった。
その犬?は竹谷センパイに気付いて欲しかったらしくてね、きゅ~んきゅ~んて鳴いたり、足に寄りかかってみたり、引っ張ったりしてた。
……誰も全然気付いてなかったけど……。
だけどそのせいで竹谷センパイ何回も転んじゃって、「今日疲れてんのかな、ハハ」てちょっとションボリしちゃって。それ見た犬もションボリしちゃって。
髪がそっくりだから、何だか親子みたく見えちゃった……。
ちょっとかわいそうだったから、一匹抱き上げてよしよししてやったら、ぶしゅってクシャミして、ぎゅうう~ぐううがううって、え~と……あ、苦悩?するような声上げてたよ。
よっぽど竹谷センパイに気付いて欲しかったんだろうなぁ。
でも、もさもさしたたてがみしてる割には、きちんと手入れされた毛並みしてたねぇ。
襟巻きも絹だったし、どこかの御屋敷の犬なのかもね……。
同委員会の先輩のコメント
竹谷:
おう!何だ?今日の?……虫取り?おっほー……。
あ、いや何でもねえ。遠い目してた?
あーうん、まあな。山はホント、色々なモンが居るよなぁ。
知ってるか?学園の敷地内の山って、ちょくちょくお地蔵さんとか祠とかあるんだぜ。見つけたら、ちゃーんと挨拶しといた方がいいぞー?
もしかしたら、いざって時に守ってくれるかもしんねーからな。
虫取りって言えば、今日、山下ってる時、孫次郎がやたらと空中を撫でて下さいってせがんできたんだが……。
なんか連れてきちまったかな?
同輩のコメント
夢前:
孫次郎?孫次郎がどう……あーハイハイ。なるほどねー。
えーぼく何も知りませーん。ナニモ見エマセーン。
でも孫次郎ってけっこー大物だよね。
ぼくはちょおっと怖いな~……あっ、や、違うよ、悪いものとかじゃないよ?ただね、あのねえ、緊張しちゃうっていうか……。
えっ?もしかして聞いてない?孫次郎、気付かなかったのかなぁ?
あれさぁ、ホラ、え~っと、神社とかでさあ、社の左右におわすでしょ。すごく強面の、犬みたいな動物の像。たぶんそれじゃないかな?
うーん、それにしても、ねぇ。
竹谷センパイ、どこにいってたんだろうね?