ふふふ、そこまで言うならば話してやろうではないか、この私の美しさが故に引き起こされた事件をな!
そうだな、事の発端は女装の実習だったな。どんな形でも良いので、初対面の男に貢がせるというのが課題だ。そんなものこの美しさも随一の平滝夜叉丸に~(以下自慢話)~とは私の事!朝飯前よ!
女遊びをしていそうな軽い男から巻き上げたのは、なんと鼈甲の櫛だった。正直、鼈甲などを一見の女に買えるような風体の男ではなかったのでな、まあ盗品であろうとは思ったが。
しかしそんな高価なものを貢がせるとは流石は私、日々磨き上げてきた美貌に一点の曇りなし!
しかしなんということか、このナンバーワンかつオンリーワンたる私にいつも挑戦してくるあの大砲馬鹿、田村三木エ門もまた高価な貢ぎ物をされたというではないか。
「別に気になるなどという事はないが、どうしてもと言うなら見てやろうではないか三木エ門!」
「突然人の部屋に入ってきてワケの分からない事を言うな!」
「おやまあ、三木のも鼈甲なんだねぇ」
なんと奴の獲物も鼈甲だと!しかも簪……んん……?これは?
「ねえこれ、同じ家紋が入っているけど」
「「何っ!?」」
というか喜八郎はいつの間に私の後ろに居たのだ!
何?私が鈍いだと?それは聞き捨てならんぞ喜八郎!いくらお前がこの学園一を誇る戦輪の~(以下自慢話)~ということだ!つまり私は同室である喜八郎の気配に慣れすぎていたということだな!見ていろよ喜八郎、この平滝夜叉丸、学園~(以下自慢話)~として見事解決してみせようぞ!
ん?そうだ、簪の話だな!
念の為タカ丸さんに目利きをしてもらったが――タカ丸さんは元髪結いであるし、髪に差すような装飾品には目が利くのだ――私の櫛、三木エ門の簪は同じ設えだそうだ。恐らく裕福な家が一式揃えて作ったものを、何かの事情で売り払ったのであろうとそういう話になった。
そこで話が終われば、ただ私が美しかったというだけの話なのだがな。
それから連日、女の髪に首を絞められる夢を見た。視界が一面、恐ろしく艶やかな髪で覆い尽くされていてな、腕も足もその美しい黒髪に絡めとられて、身動きが取れない。
女の密やかな忍び笑いがどこからともなく聞こえ、ゆっくりゆっくりと首に髪が絡まっていくのだ。女はずうっと笑っている。気が狂ったように、ずうっとクスクスと笑っているのだ。
首が絞まり、気が遠くなったところで目が覚めるのだが、耳にあの女の忍び笑いが張り付いているようで、ひどく気味が悪かった。
その時期は全く寝た気になれず、この私が喜八郎に起こされるという天地鳴動の事態になっていたのだ。
まったく鬱陶しい夢だった!現実であったならばさっさと叩きのめして決着をつけられるものをな!……ん?なんだその「これだから体育委員は……」というような顔は。体育委員会は武闘派の花形だぞ!学園の~(以下自慢話)~であるから、敷地内の山々をパトロールしている最中に魑魅魍魎に出くわす事もある。
大体は七松先輩が腕力で解決されてしまうがな。
ふん……まあ許してやろうではないか、私は寛大であるからな!
それから解決法もなく夢を見続けた、そんな折りだった。
ゲッソリとやつれた三木エ門が、声をかけてきたのは。
「……おい、滝夜叉丸」
「なんだ三木エ門、その成りは。また委員会活動か?貴様はこの私を筆頭とするアイドル学年たる自覚がないようだな!なんだその……」
そこで私は三木エ門の首に胡乱なものを見つけた。
「……なんだその首は」
首を一周する青黒い痣だ。しかも一本ではない。
瞠目する私に、三木エ門はベッタリと隈の出来た目で私を上から下まで斜めに見やって、口を開いた。
「……お前こそ」
そうだ、その痣は、ここ数日私が悩まされている痣とそっくりであった。
毎日首を絞められてでもいるように、毎日一本ずつ新しい痣が増えていくのだ。
「喜八郎に聞いた。夜な夜な、奇妙な事が起きるんだとか」
「何を馬鹿な。そんな夢の話……」
「あ、滝夜叉丸く~ん!聞いたよ!今日はみんなでお泊まり会するんだって?」
「はい?どこからそんな話が?」
「え?だって喜八郎くんが」
「滝。今日は眠らせないよ」
「おい待て意味深なセリフを吐いてさっさと去るな説明をしろ説明を!というか私も強制参加とはどういうことだ!おい!待てというのに、あっコラ喜八郎ー!」
ああ……そうだな、喜八郎は割と常に自由だ。聞きたい話しか聞かんのだ。
だがしかしそんな喜八郎に付き合えるのはこの成績優秀学年でも輝き続ける平滝夜叉丸~(以下自慢話)~。
そうして、喜八郎によって、寝ている三木エ門を観察するという羽目になったのだ!まったく、意味のない夜更かしは体を損なうというのに、まあ私程になるとこの程度では全く実力に支障をきたしたりなどはしないがな!!
結果として、我々はなんとも不気味なものを目撃する事となった。
三木エ門は、簪が何となく手放せないと言って頭に差して寝ていたのだが、その簪の隙間から――気味の悪いくらい美しい黒髪がずるりずるりと……。
む、いや私のこの髪の方が美しいに決まっている!しかし!まあまあ美しい髪だったのだ!
三木エ門は明るい色の髪をしているからな、全く別人の髪だとすぐわかった。
その髪が、三木エ門の首に巻き付いていくのだ。女の囁き声付きでな。
なんというのか、そう……お前たち、磯巾着を知っているか?そうだ、それがへばりついているような感じというのかな。……待て、今想像したら笑えてきたぞ。いいか、あの光景はな、断じてそんな愉快な光景ではないぞ!
あの異様な光景はこの私の語彙を持ってしても表現できない程ということだ!
囁き声は忍び笑いを含んでいて恐ろしく早口でな、言葉になっていない部分も多かったから、何を言っていたかは正直わからん。
だが、うつくしいだのねたましいだのうらやましいだの、そういった事を繰り返し言っているようだったな。
その女の声は明らかに狂っていて、私とタカ丸さんはドン引きしていた。
いくらこの優秀な私といえども、狂った女に絡み付かれた同級を見てすぐにドン引きから立ち直る事は出来なかった。これが生身の女であったら自分で何とかしろと見捨てるところだ。
そんなワケで不覚ながらも呆然としていたのだが。
ふと気付くと喜八郎が髪と格闘してぐるぐる巻きになっていた。
「きっはちろおお!?」
「喜八郎くん!?」
何やっとんじゃおのれはァァと叫びながら輪子を取り出したのだが、辻刈りが降臨したので私の出番はなかった……考えてみればタカ丸さんは髪に関する最終兵器、タカ丸さんの出番を私が奪ってはいけないなと考え直したこの私平滝夜叉丸、人の気遣いも完璧な私は~(以下自慢話)~であるのだがな!流石は私!
瞬く間に解放された喜八郎は簪をわし掴むと壊れるのではと危惧する勢いで障子を開き、簪をぶん投げた。
大騒ぎをしていたせいだろう、外には上級生が集まっていた。
「ぃいったあ!何か踏んだ……って簪?ごっごめんコレ誰の!?壊れちゃった!」
「先輩ナイス!」
「綾部?ナイスって、え?何?これも罠?」
「先輩はいつもいい仕事をします」
「え?仕事ってまさか落とし穴に落ちる事じゃないよね?ねえ?」
喜八郎が言うには、私にも三木エ門と同じ事が起こっていたようだな。
道理でしつこく櫛をよこせと言っていた筈だ……いやしかしあれはどう見ても女の妄執が染み付いた品、この私の美しさに嫉妬して出てきたのであろう、嗚呼なんと罪深い私の美貌よ!されど~(以下略)~ああ、美しいということはなんという罪なのだ!しかし美しさだけではない私は学園一の戦輪の使い手~(略)~……つまり、私を褒め讃えても良いのだぞ!
……ん?なんだその顔は?ま、待てどこへ行く?この素晴らしい私の素晴らしい話を~(略)~
先輩のコメント
七松:
櫛?穴掘り小僧の綾部が渡してきたやつか?
あああれな!綾部が「ちょっと思いっきり握ってみて下さい」って言ったから思い切り握ったら爆砕したぞ!あれ、火薬でも入ってたのか?
んん、そうだな、ちょっと高価そうなやつだったからちょっとマズいかなって思ってな、綾部と一緒に深く深く埋めたぞ。証拠隠滅もバッチリだ!
だからお前もこの話は忘れないとな!
……実はな、いけどんアタックの的は随時募集中なんだ!
頭を強く打つと、記憶って消えるらしいな?
善法寺:
ああ……あの時の綾部のガッツポーズはいやに力強かったね……。
そうそう、その簪だけどさ、なんか凄くない?コーちゃんに飾ったら、なんとコ―ちゃんに髪が生えました!じゃじゃ~ん!
それがまた黒髪ストレートロングの綺麗な髪でねぇ。留さんを脅s……相談してさ、害がなければここで飾っておきたいんだけど、構わないかな?
え?害があったら?
だって折角の鼈甲の簪だよ?なるべく高値で売っぱらって委員会の足しにするに決まってるじゃない。
何でか、今月は小平太の犠牲者が多くてさあ、また薬代が足りなくなりそうなんだよ~。困っちゃうね。